【第二部】失くしたものと得たものと 四章 青空に向かって 1
失くしたものと得たものと 四章 青空に向かって 1
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恭介は綿貫と白井に話した。
「ただし、復讐といっても、暴力的な方法を取るわけじゃない」
綿貫は顔を上げた。
「どう、するの?」
「あくまで合法的に、かつ、一番効果のあるやり方で追い詰める」
いきなり牧江に刃を向けても、綿貫が捕まるだけだし、そのあとの報復の方がずっと怖い。悠斗の一件で、十分わかったことだ。
自分は高みの見物をしながら、上前をはねるようなサプリの売り方を一人で考え付くほど、牧江の頭は良くないことを、恭介は知っていた。
牧江の後ろには、侑太が控えている。直接の指示は奴が行っているのだろう。
そして、侑太を動かしているのは、おそらく…
「そのためには、生徒会の企画に、参加する」
「今日ねえ、美術部いって、松本くんて男のコに会ったよ」
侑太の部屋で体を重ねたあと、牧江が悪戯っぽく笑いながら、侑太に話しかけた。
松本の名前を聞いて、眠そうにしていた侑太は目を開く。
「まだ、ドーテー君なのかな。私が近づいたら、彼、固まってた」
くすくす笑う牧江に、侑太は釘をさす。
「余計なこと、すんなよ」
「え、余計て、松本少年の初めてを、もらっちゃうこと?」
侑太は心の中で、バーカ、違えよとつぶやく。
「まあ、彼、メガネ取ったら、結構イケてると思うけど。ゆうくん、妬いちゃった?」
牧江のおしゃべりは、いつも煩い。
面倒なので、侑太から唇を重ねた。
牧江は、侑太はやっぱり、嫉妬したのだと思った。
その日、深夜。
恭介は自室で、悠斗から貰ったプレシャスオパールを握りしめ、精神を集中した。
生まれ育った家屋と、母を思い浮かべる。
恭介の意識は宙を飛び、そこに辿り着く。
ここまでは、何回か出来た。
だが、藤影の家はいつも、敷地全体を黒い霧が覆っていて、恭介の意識を拒む。
無理に侵入しようとすると、静電気みたいなビリっとした感触に触れて、集中が途切れてしまうのだった。
今日は六十日に一度巡ってくる、庚申の日。人間の身のうちに住まう三種類の虫が、天に向かって身体から抜け出す日だという。
外に向かって飛び出すものがいれば、黒い霧の一部に隙間が生まれるかもしれない。
恭介の意識は、藤影の屋敷の上空に留まる。
すると、ドーム状に覆っている霧の一部が、数センチほど破れた。
ひょっこりと、何か小さなものが、破れたところから顔をだす。
牛のような、角を生やした虫だった。
ぶつぶつと、何か言っている。
「うけけけけ。淫乱淫乱。まもなく散る散る」
虫はそのまま、夜空に溶けた。
恭介は破れた場所が修復される前に、屋敷の中に入った。
そのまま、母の部屋に向かう。
恭介の意識は、ベッドに上体を起こした、母の姿をとらえた。
かあさん!
恭介の意識が触手を伸ばした瞬間、何かがグサグサと手に突き刺さった。
母は、無数の茨の棘で取り囲まれていた。
ほんの数秒、母の視線は恭介の意識の方を向いた。
母が何かを言いかけた時には、恭介の意識は屋敷から弾き出されていた。




