【第二部】失くしたものと得たものと 三章 夕立 5
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「彼女、自殺したの。…未遂だったけど」
俯いたまま、綿貫は語った。
設楽の母親は、「もっと早く気が付いていれば」と泣いていた。
綿貫も同じ思いだった。
病室で見た、老婆のような設楽の腕には、たくさんのチューブが繋がれていた。
彼女の素顔は、まるでゾンビみたいに青黒い。
言葉をなくした綿貫に、設楽の母親が綿貫あての封筒を渡した。
封筒には、手紙と一緒に、SDカードも入っていた。
「遺書、だったの、手紙。最初から最後まで、ごめんなさい、ごめんなさいって」
手紙には、さらにこんなことが書いてあった。
もっと痩せて可愛くなりたくて、サプリを服用し続けたこと。
最初は無料同然で、牧江からサプリをもらっていたこと。
次第に、サプリが欲しければ、毎月十人にサプリを買ってもらうよう、牧江から強要されるようになったこと。
買ってくれる人がいなければ、定価で買うように言われ、そうするしかなかったこと。
サプリの定価は十日分で一万円。お小遣いでは、まかなえなくなったこと。
すると、牧江から、バイトを持ち掛けられたこと。
「そのバイトというのが、…エンコー?」
白井の問いに、綿貫は頷いた。
最初は牧江の紹介で会った男性と、ただお茶を飲むだけと言われ、設楽はその通りにした。いつの間にか意識がなくなっていて、気がついたときには、ベッドの上で、全裸の男性に抱きしめられていた。設楽本人も、裸だった。
そこに、牧江とその取り巻きが乱入し、スマホで写真を撮りまくった。
画像をネットに流されたくなかったら、これからも、牧江の言うことを聞くように、と。
「ひでえ、ヤクザかよ」
白井は憤る。
「SDカードには、最初の時の画像とか、ほかの動画とか、いっぱい残ってた」
気持ち悪くて、全部は見てないけど、と綿貫は言った。
結局、蟻地獄から出られなくなった設楽は、発作的に自殺をはかった。
「設楽のこと、バカなコだなって思うんだ、私。だって、自分から、わざわざ肉食獣の前に『さあ、食べて』って行ったようなもんでしょ。でも…」
綿貫は泣き笑いの表情になる。
「それでもね、友だちだと思ってた。今も… だから許せない!」
多分、綿貫が一番許せないのは、追い詰められていた友だちを助けることが出来なかった、自分自身ではないかと恭介は思った。だから、綿貫に尋ねた。
「綿貫さん、君は以前、復讐したいって言ってたよね」
「えっ、ああ、うん」
「今も、気持ちは変わらない?」
綿貫は答えあぐねている。
「もしも、それで君の気持が晴れるなら、俺、手伝うよ」
雨は止んでいた。夕焼けの空に、鳥が飛んだ。




