【第二部】失くしたものと得たものと 三章 夕立 4
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牧江が去った後、綿貫の様子が明らかに変わった。
絵筆を持つ手が小刻みに震え、唇をきゅっと噛みしめていた。
「ねえ、綿貫さあ、前にも彼女のこと言ってたけど、何かあった?」
白井が恐る恐る尋ねた。
遠くで雷鳴が聞こえた。
雲は流れ、空は薄墨を流したような色に変わる。
「アイツ、牧江は、私の親友を廃人にしたの」
急に振り出した雨は、斜めに落ちて行く。
雨音に消されそうな声で、綿貫は語った。
「去年の、今頃のことなんだ」
「制服のリボンが何種類もあって、オシャレだね」
綿貫と、同じ中学の設楽結海は、ともに狩野学園高等部を目指して塾に通っていた。
設楽はファッションが好きで、将来そういう方面に進みたいと言っていた。イラストを描くのも上手かった。
ある時設楽が、同じ塾の別のコースに、有名な読モがいると、興奮していた。
「ねえねえ、ちょっと見にいってみようよ!」
設楽に誘われて、綿貫もついていった。
そっと覗いてみると、確かに綿貫も見たことがある、綺麗な少女がいた。
牧江里菜だった。
設楽は牧江に話かけ、スマホでIDを交換したと、はしゃいでいた。
その時の設楽は本当に嬉しそうで、綿貫はちょっとジェラシーを感じたほどだった。
ほどなくして、設楽の服装や表情が変わっていった。
塾帰りには、いつも二人で立ち寄っていたファーストフードへ綿貫が誘っても、断られるようになった。
口癖のように彼女は言っていた。
「そんなの食べたら、太っちゃう」
「女子力アップしないと!」
元々、設楽は顔の輪郭が丸く、笑うと目がなくなるような、素朴な可愛らしさを持っていた。だが、本人はそれが不満だったようで、小さな顎とシャープな輪郭に憧れていた。
そう、牧江のような容貌に。
受験勉強が本格化する夏休みに入ると、もう、設楽は綿貫と行動を共にすることはなくなっていた。たまに街中で見かける設楽は、ずいぶん痩せたようだった。牧江やその取り巻きたちと同じテイストの、露出度の高いファッションに身を包み、カラフルなネイルでスマホをいじる姿は、中学生には見えなかった。
一度だけ、綿貫は声をかけた。
「痩せた、ね」
すると設楽は満面の笑みで、
「うん」
と答えたあと、真顔になって綿貫に言った。
「スゴク効くサプリあるんだ。めっちゃ痩せれる! 飲んでみない?」
綿貫が断ると、設楽は頬っぺたを膨らませ
「そっか、ざんねーん。私からなら、安く買えるのに」
そう言って、立ち去った。
二学期が始まっても、設楽は学校に戻って来なかった。
綿貫にも入る設楽の噂は、不愉快な内容ばかりだった。
―しだら、円光してるって―
―本3で?―
―プチらしいけど―
設楽は、援助交際を繰り返していたという。
綿貫にはわからなかった。
なぜ
なんのために!
ある晩、設楽の母親から、メッセージが届いた。
設楽結海が危篤であると。




