間奏1 瑠香の独り言
夢を見ていた。
昔
ずっと昔の風景。
父と母と、生まれたばかりの弟。赤い花が咲く丘を歩いている。
風で花弁が揺れ、宙に舞う。
舞った花弁が私の頬に貼りつく。
取ろうとして頬を触ると、花弁は流れ落ちる。
花弁は、血に変わっている。
目の前に横たわる、父と母と弟。
鳴りやまない、何かが回転するような音。
はっとして飛び起きる。カーテンの隙間から差し込む、暖かな陽光。
どこかの部屋で、勢いよく、布団を叩く音がする。
ああ、あの音に刺激されたのか…
私、畑野瑠香はほっとする。
ここは日本。
今の私は、法科大学院生だ。
私は小学校に上がると同時に、両親に連れられて外国へ行った。
日本よりも治安が良くない国だった。
現地で弟が生まれた。
よしのり、そう名付けられた。
現地の日本人学校に通うようになった。
校舎の窓は防弾ガラス。
警備員と一緒に通学するバス。
内乱が続く国だった。
きっと大人たちは、緊張感を持つ日々だったろう。
私には、何もかもが珍しく、楽しい毎日だった。
あの日までは。
ある日テロリストが、いきなり日本人学校を占拠した。
日本政府が要求をのまなければ、子どもを一人ずつ殺すと言った。
脅しのつもりか、教室で自動小銃を乱射する。
子どもをかばった教師が一人、銃弾に倒れた。
私の父だった。
要求に応じようとした日本を制して、大国が武力でテロリストを鎮圧した。
大使館に集められた保護者たちは、安堵した。
皆、子どもは助かったと思った。
確かに子どもたちは、ほとんどが助かった。
でも、テロリストの別働隊が、大使館を爆破したのだ。
大使館にいた保護者たちは、ほとんどが助からなかった。
そのなかには、私の母と、母に抱きしめられた弟もいた。
不思議なことに、この事件が大きく報道されることはなかった。
私は莫大な補償金をもらったが、家族はいなくなってしまった。
父の友人、畑野景之が私を引き取ってくれた。
そういうと美談じみているが、日本人学校占拠事件を口外させないよう、畑野は監視していたのだと思う。
そんな心配は必要なかった。
私は事件のあと、しばらくは言葉を発することが出来なかったのだから。
そして畑野は僻地に住む自分の父に、私を託した。
祖父は私に一人で生きていく術を、たくさん教えてくれた。
政治や経済、国際情勢、金儲けの仕方や法の抜け道なんてのも、祖父が教えてくれた。
変装術もその一つだ。
それが高じて、今では趣味にもなっている。
多少の護身術も身につけたので、暴漢に襲われたところで、なんとかなる。
でも、守ってもらうのも、悪くはないと最近思う。
コンコン
誰かがドアを叩く。
きっと隣の恭介、いや佳典だ。
成長した弟が帰ってきたみたいで、内心、私は嬉しい。
だから、つい無駄に構ってしまう。
たまに嫌がっているかもしれない。そこがまた、可愛い。
素顔はイケメンだしね。
今日はこれから、猫を一匹、あるところへお届けする予定だ。




