【第二部】失くしたものと得たものと 二章 初夏の風 3
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「ちょっ、待て。お前。俺の何を…」
悠斗は動揺した。
松本と言ったか。
どこか懐かしい雰囲気を持つ外部生。
懐かしいどころか、視線の動かし方が、似ているのだ。
アイツに
しかし、おそらくは、ほぼ初対面。
なぜ、いきなり核心をついてくるか。
「ああ、ごめん。簡単な推理だ。
君のシャツ、清潔だから、日々の洗濯はできているはず。でも、袖口のボタンが取れかけている。
今どき、洗濯は、男親でも自分でも、だいたいできると思うけど、ボタン付けって結構面倒くさい。
この学園に通う生徒の、特に母親なら、気が付いたら即、つけなおすだろう。
取れかかったままでいるというのは、多分母親が今、身近にいない状態」
恭介は俯きながら答えた。
言われて悠斗は、慌てて袖を隠した。
悪戯が見つかった時の子どものような仕草だった。
「佳典、すごい。なんか探偵少年みたい」
瑠香は恭介をからかったあとに、急に真面目な顔をする。
「佳典! 小沼くん! 時間、ないかも」
侑太は、原沢からのメッセージと、添付された写真を見て、明らかに不愉快な顔になった。
侑太が悠斗に命じていたのは、藤影のサプリメントを校内で広めることである。
売れば違法になるので、表向きは無償譲渡である。
表向きは。
命令を聞かなければ、悠斗の母親に不利益が生ずる、という脅しをかけていたのだが、最近、悠斗にはこの脅しが効かなくなってきた。
そこで、原沢の取り巻きに、多少荒々しい方法でも構わないから、悠斗に言うことを聞かせるよう指示していた。
たまたま婦警が通りかかったため、逃げ出した男たちが、咄嗟に撮ったという写真。
暗いのと、手ぶれで、ぼやけた画像だったが、その隅の方に映っていた男子に見覚えがあった。
入学式で目があった男だ。
気に入らない。
あんな公園に、たまたま巡回中の婦警なんかが来たことも。
そこにたまたま、嫌な目付きの男がいたことも。
偶然が続くと、それは必然に変化する。
これから侑太は、高等部を牛耳るだけでなく、将来の経営者になるための礎を築いていく必要があるのだ。
ゴミみたいな生徒たちに、躓いている暇はない。
ゴミは、排除する。
侑太は、悠斗の母親が入院する病院の事務長に電話をかけた。
すぐに外へ放り出せ。
今までかかった入院費を、どんなことをしてでも取り立てろ!
そう言うつもりだった。
すると、電話に出た事務長が意外なことを伝えた。
「小沼さんなら、さきほど転院の手続きを取られました。
ええ、今までかかった入院費も、全額清算されて」




