【第二部】失くしたものと得たものと 一章 春の蕾 5
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「ねえ、どうやったら復讐ってできるかなあ」
隣で絵筆を走らせている、綿貫佳穂理が独り言のようにつぶやく。
恭介と白井は同時に顔を上げ、彼女を見た。
部活は、結局、三人とも美術部に入った。
活動内容は、「好きな絵を好きなときに自由に描く」という、いたって気楽なものだ。
綿貫は、中学でも美術部だったそうで、入部してすぐに製作に取りかかれそうだ。
白井は、特に絵心はなかったが、先輩の女子生徒が、たまにクロッキーのモデルになると聞いて入部した。
恭介も白井と同じく、絵を描くことが特別に上手いと思ってはいなかったが、いつか描いてみたいものがある。それで彼らと一緒に入部した。
描きたいもの
それは地底の風景。
そこで出会った四体の聖獣。
入部して二回目の今日、先輩から、気に入った絵の模写をするように指示されていた。
好きな絵を描くための、準備運動だそうだ。
恭介はコローを選んだ。
緑の木々と、そのそばを流れる川の風景は、地底の景色にどこか似ていた。
白井は、ドラクロワが描いた、自由の女神の上半身だけ、鉛筆でさらさらと模写していた。
意外にも、というと失礼になるが、器用なタッチだった。
そして綿貫は、宗教画のような、羽の生えている女性が、若い男性に寄り添っている絵を模写していた。
その中での、先ほどの発言だった。
復讐というワードに、恭介は一瞬ぎくりとする。
「何、綿貫さんって、リベンジしたい奴とかいるの?」
白井の質問に、綿貫は答えず語る。
「この絵ってね、女はスフィンクス。男はオディプスなんだって」
スフィンクス!
いや、恭介が地底で見たのは、こんなに綺麗な女性ではなかった。
人を喰う獣、そのものだった。
「オディプスって、自分の父親に殺されかけて、でも助かって、父親を殺すの。それって復讐だよね」
恭介の鼓動が、少し早くなる。
「でも、たとえ親でも、殺されそうになったら、私なら返り討ちにすると思う」
一瞬、シーンとなる白井と恭介の顔を見て、綿貫はあわてた。
「あ、ごめんごめん。別に私が親を殺したいとか、そんなんじゃないよ」
でもね、と綿貫は目を伏せる。
「大切だった友だちが、誰かのせいで死んじゃったら、その誰かを、友だちと同じ目にあわせてやりたいとは思う…」




