【第二部】失くしたものと得たものと 一章 春の蕾 4
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学校の新学期はたいてい慌ただしい。
恭介は、徐々に松本と呼ばれることに慣れ、クラスメートとの会話も増えた。
恭介たち、外部から入学した生徒は一つのクラスにまとめられ、内部進学組とはカリキュラムも少し違っている。
体育や芸術系の教科では、数クラス合同になることもあったが、昔の恭介を知っている生徒との接点が今のところ少ないので、気が楽だった。
「ねえ、松本って、何部入るの?」
隣の席の男子が、休み時間に話をふる。名を白井という。
「まだ決めてないよ。白井は?」
「ハードな運動部はやだな。文化部で、可愛い女子の多いとこって知ってる?」
さあ、知らないなと恭介が答える。
その時、教室のドアが開いて、見たことのある顔が入ってきた。
「高等部生徒会でーす」
戸賀崎と原沢だった。
「一年生も生徒会の役員になれますんで、やる気のある人、男女問わず、生徒会室まで来てくださーい」
ひょこっと牧江も顔をのぞかせて、手を振った。
「おいしい紅茶とお菓子、用意してますよ」
「うわっ、やべえ、今のコ、超カワイクね!」
白井がはしゃいで、「部活じゃなく、生徒会にしようかな」などと言っていると、一人の女子が恭介の背後でぼそっと呟いた。
「たしかにね、可愛いよ、見た目だけは…」
恭介と白井が振り向く。
「あ、ごめん、なんでもない」
「えーと、綿貫さん、だっけ、今の人たち、知ってるの?」
俺もまあまあ知ってるけどね、と内心思いながら恭介は聞いた。
「…知ってるのは、ちょこっと顔出した女子だけ。塾とかで一緒だったから」
それきり綿貫は口を閉ざした。
白井も、綿貫の口調で何かを察したのか、生徒会云々は言わなくなった。
その日の放課後、白井に付き合って、恭介もいくつかの部活動見学に回った。
いつもは行かない三階の端に、美術部の部室があった。
「絵を描く可愛い先輩とか、いないかな」
白井が先に、部室に入った。
恭介はぼんやりと、廊下に展示されている絵画を見ていた。
元々、絵画は好きである。
ただ、幼い頃から、絵を描くことに、父が良い顔をしなかった。
「やらないって言ってるだろ!」
階段あたりから、聞き覚えのある声がした。
まさか!
恭介の鼓動が早くなる。
思わず声の方向に足を進めた。
三階から二階に向かう踊り場で、二人の男子が揉めている風だった。
見下ろす恭介と目があった男子は、あわててその場を離れた。
そこに残っていた男子は、恭介を見上げた。
見えない糸が、手から放たれた。
「何だよ、お前。何見てんだ」
悠斗だ。
恭介が最後に会った時よりも、逞しく成長していた。
面影は、昔のまま。
ガキ大将が少しだけ大人っぽくなっていた。
「…いえ、別に」
小さく舌打ちして、悠斗は踵を返した。
恭介が地上に戻って、真っ先に会いたかった悠斗。
それでも、名前と身分を作り替えた今、すぐには声をかけられない。
何よりも
悠斗の全身を包む、負のオーラのようなものが気になった。
ふと思い出す、地底での出来事。
黒猫が言った「ハルトを助けて」とは一体。
春の夕陽は緩やかに沈む。
懐かしく、どこか寂しく。




