【第一部】絶望 三章 リライブ 7
7
「そりゃ、また、でかい額だな」
健次郎は大きな声でひとしきり笑った後で、理由を聞いてきた。
恭介は、ぽつりぽつりと水難事故のことから、話をした。
父、創介との会話は、いつも緊張を強いられるものだったので、基本的に恭介は、年上の男性は苦手である。
しかし不思議と健次郎には、苦手感を持たないで話せる。
瑠香が「おじいちゃん」と呼んでいるせいかもしれないし、健次郎の持つ、しなやかな物腰のせいかもしれなかった。
何よりも、荒唐無稽な地底での出来事に、茶化すこともなく最後まで付き合ってくれたのが嬉しかった。
「それで、親父に復讐したい、ってとこか? 無事に生きてるぞ、だけじゃだめなのか。警察に行くとか」
健次郎の問いに、恭介は少し考えて答えた。
「理由は二つあります。生きていることが分かったら、また狙われるかもしれない。それに…」
恭介の脳裏には、父だけでなく、同級生たちの卑劣な笑顔も刻まれていた。
「俺自身の力で、彼らと堂々と戦ってみたいという気持ちが強いから」
わかったと、健次郎は言った。
家に戻ってから、彼はごそごそと、紙の束やら何やらを持ってきた。
「まず、今、君は戸籍上死んでいる」
死亡取り消しの申請もできるが、時間はかかる。待っている間に、再度命を狙われる可能性も否定できない。
されど、生きていくには、戸籍と住民票が必要だ。
「そこでだ。俺のところに、こんなものを売りに来る人間が結構いる」
健次郎が持ってきた紙の束は、外国へ高飛びする人たちが、その資金と引き換えに、健次郎に預けた戸籍や身分証だった。
「君と同じくらいの年齢のもあるから、まず、その名前を使え」
そして、と健次郎は一冊の預金通帳を渡した。
「何よりも、日本は資本主義の国だ。この国での正義は何だ?」
法律ですか、という恭介の答えに、健次郎はきっぱりと言う。
「金だ」
通帳には一万円ほどの残金があった。
「この残高を、年内に百万円にしてみろ」
それができたら、藤影の倒し方を教えるとも。
今は九月の初旬。
期日まで、三ヶ月。




