外伝 瑠香
瑠香がなんで侑太と結婚することになったのか。
それは昔、出会っていたから。
瑠香の姓がまだ、宇部であった頃。
夏であった。
秋が来れば、瑠香の一家は旅立つ。
それを知っていたのか、珍しい客が訪れた。
父の親戚筋の一人と聞いた。
女性である。
彼女は、日本人離れした顔貌と肉体を持っていた。
そして、よちよち歩きの子どもを一人連れてきた。
「侑太くんか、いい名前だ」
瑠香の父が言った。
「いずれ、藤影を継ぐ子よ」
その母親の目は紅く光り、滑るような肌をしていた。
父はいつもより饒舌で、瑠香と瑠香の母親は、子どもの相手に終始した。
よちよちしながら、時に転びそうになる侑太は、瑠香の弟より少し早く生まれていた。
気の強そうな男児だ。
侑太が振り回したプラスチックのおもちゃが、瑠香の手に当たる。
「痛っ」
瑠香の指先から、ほんの少し血が滴る。
ひょいと、侑太は瑠香の傷ついた指を舐めた。
瑠香は驚き、手を引っこめた。
瑠香の持つ、宇部家の血が一滴ほど、侑太の体内に取り込まれた。
それが後々、侑太の人生を救う一滴だったと、この時はまだ誰も知らない。




