エピローグ
六月のはじめ。
雨は緑の葉を濡らす。
NPO法人の事務処理を行っていた恭介を、ボランティアの女性が呼びに来た。
「泣き止まない? 星児くんが?」
「はい。お昼寝のあとから、ずっと泣き続けているので、心配です」
部屋の隅で膝を抱え、ぐすぐすしている少年の元へ、恭介は近付いた。
「どうしたの? 具合でも悪いかな」
少年は頭を振り、しゃくりあげながら言った。
「黒い虫と、黒い動物が、たくさんやって来るの。
空からも降ってくる!」
「星児くん、それどこで見たの? テレビか動画でも見たのかな」
「違う違う! でも寝てたら、ぶわっと見えた!わかんないわかんない。
でも恐い。恐いよ!」
少年は小刻みに震えていた。
感受性の強い子どもである。
何かを、感じ取ったのだろうか。
恭介は星児を抱きしめた。
「大丈夫!
大丈夫だよ、星児くん。
そんなことは起こらない。
俺がそんなこと、誰にもさせない!
俺が絶対守るから!
絶対君を守ってみせる!」
少年は、ほっとした表情で、恭介の背中を、きゅうっと掴んだ。
ユーラシア大陸と北の大国の境界あたり、広大な砂漠が続く。
砂の上に影を落とす、一人の女性。
頭からアバーをまとい、踊る様に歩いている。
彼女の足跡には、水滴のような点が続く。
ここは砂漠。雨ではない。
それは女性の手首から滴る、血であった。
すると、砂の上に現れ出る、種々の無数の虫。
それらはあっという間に砂を黒く染め、女性の後を追っていく。
あたかも、司令官に従う、軍隊のような行進を続ける。
女性は虫の隊列に、ぽいぽいと何かを投げる。
小動物の死骸だ。
虫は一斉に食らいつく。
黒い虫たちの背に、ぽつぽつと赤い点が浮かぶ。
満足そうに微笑む女性。
黒い髪に漆黒の瞳。
瞳の中にも、赤い光が浮かび上がる。
「凪。
やるよ、私。
本当の復讐は、私がやる」
その声は、砂と共に虫を運ぶ、風に紛れた。
異世界から戻ったので、とりあえず復讐します~少年が大人になる通過儀礼~
了




