【第六部】暁光 最終章 終幕
本編最終話となります。
ここまでお読みくださいまして、感謝申し上げます。
誤字報告、ありがとうございます。
成人式を迎えると同時に、侑太は父親になった。
「典型的なヤンキーパパだな」
悠斗に言われると、侑太は「うっせー!」と返すが、その顔はにやけている。
卒業と同時に結婚した侑太は、薬学部へ進学し、膨大な課題とたたかいながら、良きイクメンぶりを発揮している。
瑠香は悪阻に苦しみながらも、試験に合格し、春からは修習生として研修所に通う。
恭介はセッコク島の開発が終わり、立ち上げたNPOで、日々子どもたちと触れ合っている。
白井と綿貫は、毎週末ボランティアとして、恭介の元へやってくる。
二人とも、都内の同じ大学に通っている。
綿貫は子どもたちに絵を教えたり、絵本の読み聞かせをしている。
白井は、ヒーローごっこに付き合って、よく子どもからボコられている。
穏やかな日々である。
だが、恭介の鳩尾に、時折ひんやりとした気配が漂う。
今年の六月あたり、そろそろ何かが起きそうな、星の配置である。
この二年、恭介は出来る限りの情報を集め、対策を行った。
それがまだ、十分ではないという焦りなのか。
あるいは、別の何か、か。
五月の連休に、初節句を迎えた侑太の息子のための、食事会が開かれた。
場所は陽介の屋敷。
恭介も、父、母と共に招かれた。
侑太の息子、聖之の名は、それぞれの祖父母から、一文字ずつ貰って名付けたという。
「もう離乳食始まった?」
抱っこして、聖之の頬をすりすりしながら、亜由美が瑠香に訊く。
「始めました。お粥は俺が作ってます」
侑太が胸を張る。
「あら、最近のパパって頼もしいこと」
亜由美が言うと、隣の創介までも、聖之を抱き取って、あやし始める。
恭介の鳩尾が、きゅうっと収縮する。
創介はあんな風に、子どもをあやすことが出来たのか。
「お前はどうなんだ」
聖之を瑠香に返した創介が、黙々と箸を運ぶ、息子に尋ねる。
「はい? 何がどうなんです?」
「結婚相手とかいないのか? 俺も孫の顔、見たくなったぞ」
創介にとっては、多分何気ない一言だった。
ゆえに恭介も、何も考えず答えた。
何も考えていなかったので、つい本音が出た。
「まったくないですね。結婚はともかく、俺は自分の子どもを持つことって、想像できないです。
父親として、子どもにどう接するのか、学ぶ機会がなかったから」
静かになる大人たち。
その空気を察したのか、急に聖之が泣き出す。
慌てて瑠香と侑太が、別室へ連れて行く。
陽介も後を追う。
言い放ったと同時に、恭介は気付いた。
鳩尾に流れて来る、冷たいものの正体を。
俺は
傷ついていたのだ!
ずっと長い間、その傷を抱えていたのだ。
生き延びて、一人で生活することが先決だったから、忘れていた。
いや
忘れようとしていた。
思い出して、浸ってしまったら、生き延びることも難しかったから。
高校生の冬、初めて父と対峙した時に、本当は父の胸を貫きたかったのではないか。
お前のせいで、俺は傷ついたと、訴えたかったのではないか。
父を倒さなかった理由は簡単だ。
たとえ父を刺したところで、恭介の心が癒されるわけではないと、分かっていたからだ。
ぽたり
水滴が落ちた。
顔を上げた恭介の目に飛び込んだものは、見開いた眼から涙を流す、父の顔だった。
内心驚愕し、動けない恭介に、創介は静かに近付く。
そして、そっと抱きしめた。
恭介の頭は真っ白になる。
言葉が出て来ない。
「すまなかった」
創介が発したのは、この一言のみ。
父の涙は、恭介の頬に伝わり、流れ落ちた。
ずっと、欲しかった言葉。
でもとうに諦めていた科白。
互いを認め合うのと、感情を共鳴させるのは別物だ。
父との関係は、ビジネスライクなもので良い。
そう思っていた。
思わないと、また傷つくから。
でも、もういい。
十分だ。
その言葉だけで。
泣きそうになった恭介の鳩尾に、急に温かいものが流れた。
藤影恭介の「とりあえずの復讐」に、ようやく幕が下りた。
ここまでお読み下さいました皆様に、厚く御礼申し上げます。
本作は、ある漫画にインスパイアされたものです。
だいぶ昔、古本屋で買った少女漫画。
最近になって、その漫画も、復讐をテーマにした有名な小説のオマージュ作品だと知りました。
復讐する話を書きたいと思いましたが、十代の若者を主人公にした段階で、相手を葬るのではなく、改心させる話にしたいと思いました。
よって、爽快感が少ないかもしれません。
いろいろあっても、みんな、前を向いて歩いて行ってね。
それが登場人物全員に対する願いです。
読んでいただきまして、ありがとうございました!
追伸)エピローグと外伝をいくつか追加いたします。
高取和生




