【第六部】暁光 最終章 始まりの地 6
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父に言われて仕方なく、ではあったが、恭介は一学期の途中から、住まい近くの予備校に、週一回ほど通うようになる。
「もうすぐ、一年だな」
ある日、悠斗が恭介に言った。
「何が?」
「生きて戻ったお前と、再会してから」
ああ、もうそんなになるのか。
早いな。
このままいくと、すぐに大人になってしまいそうだ。
もっとも、大人の社会に適応するには、
まだまだ、いくつものゲートを、くぐらなければならないだろう。
「そういえば、あの時、猫カフェに預けた猫って、その後どうしてる?」
「瑠香さんの話だと、子猫が三匹産まれて、みんな里親が見つかったって」
子猫見てえー、見たかったあ、と悠斗が騒いだ。
その膝には、大きく育った黒猫が、片目を開けて寝たふりをしていた。
間もなく、高等部では二回目の文化祭。
それが終われば、語学研修だ。
夏は近づく。
同時期。
ペンシルベニアの薬品会社が、別の州に持つ研究所では、極秘のプロジェクトが進行していた。
コードTW。
年齢性別、国籍や人種も関係なしに、選ばれたスタッフが、それぞれのテーマに取り組んでいる。
邦人と思しき男性も、最近メンバーの一人に加わった。
「ドクターヨシモト。
マウスの調子はどうだい」
「エシィクスに守られて順調さ」
ヨシモトは、かつて、戸賀崎翼の実験をサポートしていた。
戸賀崎の悪行を、マスコミに売った男でもある。
しかしながら現在、彼が手掛けている実験は、戸賀崎がやっていたことよりも、人道に反するものになりつつある。
「ところで、TWとは一体何だ?」
ヨシモトが訊く。
「この虫たちを提供してくれた、マザーの名前さ。
Thousand Wave。
君の国の言葉で、千の波を意味するそうだ」
マザーTWは、ある日突然現れた。
先住民の聖地と言われる、小さな池の畔に、横たわっていた全裸の女性。
それがマザー。
マザーは瞬く間に、周囲の男どもを従えるようになった。
それは、女王バチが戦闘用の蜂を、配下に置くが如く。
そして、研究所にやってきた。
私の力をあげる。
その代わり、私に協力して欲しい。
Revenge for the time being
とりあえずの、復讐のために。
「へえ」
ヨシモトは、その名前や作り話のようなプロフィールに、さほど興味を示さなかった。
彼の目下の関心は、ネズミの脳へ、蟲が侵入する経路の画像処理だった。
「オー、ラッキーだな、ヨシモト」
同僚がガラス張りの実験室から、廊下を指さす。
「マザーだ」
廊下を闊歩するマザーと呼ばれる女性。
その後ろに何人もの男性を従えている。
長く黒い髪をたなびかせ、瞳の色も漆黒である。
その顔は、
あの仙波に、どこか似ていた。




