【第六部】暁光 二章 清算 5
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遠い、遠い記憶のカケラ。
恭介が、歩き始めたばかりの頃だろう。
恭介は、海を見ていた。
手を伸ばして、波打ち際の貝を取る。
側には母がいた。
母に貝殻を見せる。
母は白いパラソルを傾け、恭介に差し掛ける。
笑顔の母。
パラソルを通過する夏の日差しは、細かい光の粒子になる。
少し離れた場所には父がいた。
父は一人で海に向かっていた。
恭介は、父にも貝殻を見せる。
父は、恭介に振り向く。
だが、すぐに目をそらす。
なぜか
悲しかった。
もっと、自分を見て欲しかった。
だが、今思うとあれは
ひょっとしたら…
創介の車には、釣り具が揃っており、恭介にも一式与えた。
創介のマンションからほど近い港湾部で、二人は釣り糸を垂らす。
「こんな季節、イワシかハゼくらいしか釣れないぞ」
「昔から、釣り、してたんですか?」
「昔って、お前くらいの年には、受験勉強の合間に、よくこの辺まで来てたよ」
「母さんと、結婚してからも?」
本当は、「俺が産まれてからも?」と、恭介は訊いてみたかった。
「いや、あれ、どうかな。
亜由美は海に入れないとか言うし
お前は、貝とかヒトデとか拾ってばかりだったし」
なんだ、父も覚えていたのか。
「ああ、そういえば」
言いかけて創介は、急にリールを巻き始めた。
「ハゼか。まあまあだな」
創介は機嫌が良い。
「お前が拾った貝を見せに来て、魚に逃げられたことがあったな」
やはりそうか。
あの時
息子から、目を反らしたわけではなかったのだ。
冬の月は皓々と照る。
海を渡る風は冷たい。
恭介はその冷たさが、どこか心地良かった。
「そういえば、お前」
「はい」
「五年間、どこで何してた? ずっと、健さん、ああ、畑野さんの処にいたのか?」
「いえ」
恭介はくすっと笑う。
「異世界に、いました
聖獣たちと一緒に」
創介はため息をつく。
「あのなあ、そろそろ勉強しろ勉強。物理でも、やっとけ」
「そうします」
三時間ほど、とりとめのない会話をしながら父子は釣りをした。
「そろそろ体が冷えたな。帰ろう」
「はい」
「それと、お前、願い事が二つあるって言ってたが、もう一つは何だ?」
「会って欲しい人がいます」
「彼女か?」
恭介はきっぱりと言う。
「いえ、まったく違います。
島内、という男性です」
恭介が島内の名を口にした時、月の一部、雲が過ぎった。
「わかった。時間を取るから、お前、今すぐ島内に電話しろ」
即決、そして行動。
さすがに一流の実業家である。
説明の必要すらない。
恭介はその場で島内に連絡を取った。
翌朝の9時に、父を連れ、島内と会うことになる。
アポイントの場所は、島内の弟が眠る、都内の霊園である。




