【第六部】暁光 二章 清算 3
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恭介が刺したのは、創介の左腕の真横である。
創介の袖は破れ、血が点状に散った。
創介の左腕の横には、彼のビジネスバッグが置いてあった。
バッグのサイドポケットを恭介のナイフは貫いた。
パキン
プラスチックが割れるような音がした。
恭介はナイフを収め、サイドポケットから、USBに似た何かを取り出した。
「盗聴器ですね、これ」
顔色一つ変えず、壊れたUSB型の盗聴器を手に取って眺める恭介に、創介は驚きを隠せなかった。
恭介が手に取ったナイフの刃が光った時、創介は覚悟したのだ。
我が子を亡きものにしようとした父親が、成長した息子に命を奪われる。
ギリシャ神話の時代から、何回も繰り返された悲劇。
創介も、その当事者になっていたのだ。
だから、諦めた。
因果応報。
これで
良いのかもしれないと。
久しぶりに、息子の涙を見た。
よちよち歩きをしていた頃の泣き顔だった。
その顔を、最後に見られただけで十分だ。
だが。
ナイフは、創介の体をすり抜けた。
「誰かに、監視でもされているんですか?」
淡々と喋る息子の声は、先ほどの涙など嘘のように冷静だ。
「多分、仙波の部下だった奴らだろう」
なるほど、と恭介は納得した。
仙波の手紙には、創介を失脚させる計画が、何年も前から練られているとあった。
たとえ仙波が手を引いても、残った者が遂行するだろうと。
「しかし、お前、よく盗聴器の存在に気付いたな」
「スマホには一応、盗聴器発見アプリ、入れてますよ。
でも、アプリだけでは、盗聴器の発見は難しいようです。
今回はたまたま、アプリの波長に反応した盗聴器が、モスキート音を出したから、分かりました」
「そうか、モスキート音か」
年を取れば取るほど、どんどん聞こえなくなる高周波音である。
よって、近くにいた創介には聞き取れず、年若い恭介が気付いたのだろう。
「それと、お前、そのナイフは」
「ああ、どこかのフクロウに貰いました」
「バカかお前。あれはフクロウじゃなくて、ミミズクだ」
軽く無駄口を叩きながら、創介は思考する。
創介のバッグに、盗聴器を仕掛けることが出来る人間は限られる。
一番可能性があるのは亜由美だが、わざわざ仕掛ける必要性はない。
次に可能性があるのは――
「ところで、藤影の屋敷の使用人とか、通いの家政婦さんで、最近、新しく来るようになった人っていませんか?」
恭介は、創介の思考方向と、同じ疑問を口にした。
その質問を咀嚼した創介は、顔色が変わる。
「ちょっと待て!
今、屋敷にいるのは亜由美だけだ。
もし
盗聴器が壊されたことが分かったら、亜由美が!」
父の焦った顔を見た恭介は、にっこり笑って言った。
「そういうリスクも考慮して、今夜は侑太と侑太の彼女さんに藤影の家に行ってもらってます」
「何だと」
丁度、恭介のスマホが鳴る。
「了解。大丈夫か? え、いらん心配するな? はいはい」
通話を終了した恭介が、父に告げる。
「侑太からでした。
不審な動きをした家政婦を一人、確保したそうです」
創介は、しげしげと恭介を見つめ、真面目な顔で言った。
「お前、誰だ? 本当に、恭介か?」




