【第六部】暁光 二章 清算 2
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創介は、ビジネスバッグから書類を取り出した。
「お前の戸籍を、回復するためのものだ。いつまでも、偽名で生活するわけにはいかないだろう」
それはその通りだ。
母や健次郎に、何度か戸籍回復は勧められていた。
いずれ、しなければならないと、恭介も思っている。
だが。
創介から指摘されると、イラっとする。
誰のせいで、わざわざ偽の戸籍を、用意するはめになったというのだ。
黙って書類に目を落とす恭介に、創介は「ほら」と言ってペンを渡す。
仕方なく恭介はペンを受け取る。
手元を見て、恭介は小さな声であ「あれっ」とつぶやいた。
渡されたペンは、創介が大事にしていた万年筆だった。
幼少の頃、机上に置いてあったそれに触ろうとして、厳しく叱責された覚えがある。
「何か、わからない点でもあるか?」
「いえ」
書いた書類を創介に返し、恭介も手持ちのカバンからバインダーを取り出す。
「これを受け取りました」
恭介が持参したのは、仙波が送ってきたものである。
手紙の他に、他国の製薬会社のレポートと、学術論文のコピーが入っていた。
製薬会社のレポートだけ、恭介は父に渡した。
「お前、どこでこれを?」
「送られてきました。仙波、さんから」
「そうか。仙波は今、どうしている」
尋問のようだと恭介は思う。
その喋り方は、昔と変わっていない。
小学生の頃の恭介は、萎縮して、上手く答えることが出来なかった。
「帰りました。元の地へ」
何も、つまびらかに、語る必要はないだろう。
仙波との闘いや、仙波の最期を。
父に対して、冷静に受け答えが出来るようになっただけ、少しは成長したのであろう。
「腹減ってないか」
いきなり脈絡もなく創介が訊いた。
「えっ? はあ。まあ」
創介は風呂敷包みを解き、重箱を取り出した。
「亜由美、母さんが作ったやつだ」
創介が重箱を開ける。
その時、蚊が飛ぶような音が、一瞬だけ恭介に聞こえた。
大量の蟲に囲まれた、後遺症だろうか。
創介はステンレス製のタンブラーから、紙コップにお茶を注ぐ。
湯気の向こう、重箱に並ぶ、いなり寿司や卵焼き、焼き魚が見えた。
小学部にあがって、初めての運動会の時、亜由美が用意した弁当と同じメニューだ。
確か、創介も見に来ていた。
悠斗の家も、まだ悠斗の父が存命中で、隣同士でシートを並べ、一緒に弁当をつついた。
「そう言えば、小沼君、どうしてる。元気か?」
寿司を頬張りながら、創介が尋ねる。
「昔は運動会で、一緒に飯食ったな」
覚えていたのか。
さすがに記憶力は良い父だ。
以前食べた時よりも、卵焼きは醤油の味が濃い。
これは自分の記憶違いか。
その瞬間。
また、蚊の飛ぶような音がした。
箸を置き、恭介は紙コップのお茶を一口飲んだ。
緊張すると、咽喉が乾くというのは本当だ。
恭介は、上着のポケットに入れたおいた、ナイフの柄に手をかける。
そのままで、創介に尋ねた。
「何で、俺を排除しようとしたんですか。
俺は、あなたに何か悪いこと、してましたか?」
創介は目を見開き、食べていたものを一気に飲み込んだ。
恭介の頬に、流れる一筋の涙。
「俺は運よく生き残った。
決心したから生き残れた。
あなたに
復讐しようと決めたから!」
恭介は懐からナイフを取り出す。
そのままテーブルを越え、ナイフを突き刺した。




