【第六部】暁光 二章 清算 1
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藤影創介は、些か緊張していた。
それは四半期決算の総会が、近いからではない。
本日、息子である藤影恭介と、会うからである。
先だって、創介が重度の失血状態になった時、恭介の申し出により輸血が行われたという。
その直前、確かに創介は息子の顔を見た。
成長した恭介は、険しい表情をしていた。
彼は創介に、何かを言っていた。
虚ろな意識の中で、創介には聞き取れなかったのだが。
恨みごとか。
言われても仕方ない過去が、創介にはある。
自分を排除しようとした、父親への復讐か。
それはあるかもしれない。
しかし、ならば何故。
息子は俺を助けたのだ。
「今夜は帰らない」
家を出る前に、創介は妻の亜由美に告げた。
「親子水入らずで、ゆっくりしてきて下さいな」
亜由美は暢気にそんなことを言う。
だいたい、元々生まれ育った自宅に、息子はなぜ戻って来ない。
更に言えば。
生きて戻っていたのなら、もっと早い段階で、親元に挨拶しに来るべきだろう。
自分の思考が、理不尽なものと創介には分かっている。
恭介が、すぐに自宅に戻れない原因を作ったのは、間違いなく創介なのだ。
分かっているが、緊張のあまり、息子に対してというよりは、会社の部下に対するような思いを持ってしまう。
いや、今どき部下に対しても、理不尽な言動は慎んでいる。
何よりも。
高校生になった恭介に、何を話せば良いのだろう。
一晩一緒に、どう過ごせばいいのだ。
創介は、自分で車を運転して、湾岸に向かう。
そういえば。
恭介は、車に酔いやすかった。
あれは恭介が幼稚園に入る前だ。
創介が自家用車を運転し、親子三人で房総の海岸に行った。
その行き帰りとも、恭介は車中で嘔吐した。
創介とて、可哀そうにと思うものの、日頃十分に、幼児と触れ合ってはいない。
病気や怪我で泣く、子どもの対処は苦手だった。
――おい、なんとかしろ
亜由美に指示を出すのが精一杯。
思い返せば、冷たい父親だった。
マンションの駐車場に着いた。
創介が自分で指定した時間より、大分早い。
本でも読んで時間を潰すか。
亜由美が弁当と飲み物を創介に持たせていた。
せめて息子が成人年齢だったら、酒でも飲んで過ごせるだろうに。
創介は、ビジネスバッグと風呂敷包みを抱え、エレベーターに乗った。
約束の時間ぴったりに、恭介はスマホをかざしオートロックを解除した。
そのままエレベーターに乗り、20階で降りる。
エレベーターに付いているいる鏡に、恭介が写る。
小学生の時のような、蒼い顔をしていた。
部屋のドアをノックすると、内側からドアが開く。
恭介の額には、薄く汗が浮かんだ。
「入っていいぞ」
紛れもなく父の声。
言われた通り、恭介は部屋に入る。
白い壁と大きな窓が見えた。
ワンルームだが広い室内。
ラフな格好をしている創介は、先にソファーに座った。
恭介の記憶の中の父は、いつもスーツ姿だった。
「元気、だったか?」
父らしくもない質問だ。
元気でなければ、こんなところまで来ることはないだろうに。
「おかげさまで」
返す言葉も間が抜けていると、恭介は思う。
窓から射す夕陽の残り香のせいか、恭介には父の表情が、分からなかった。




