【第六部】暁光 一章 残務 10
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師走の空は青が薄い。
期末考査も終わり、校内には緩やかな時間が流れている。
街の景色はクリスマス一色。
狩野学園小学部の校舎前にも、大きなツリーが造り上げられていた。
「ねえねえ、キョウはクリスマス、どうするの?」
白井がにやけた顔で訊いてくる。
質問ではない。
「ヒロはどうするの?」という、質問返しをして欲しい為の前振りだ。
仕方なく、恭介はその返しをする。
聞くまでもなく、答えの予想はついているが。
「あのね。ええ、ああ、どうしよう。言っちゃっていいのかな」
もじもじする白井に、恭介は苦笑するしかない。
「彼女とデートだろ。多分、行先は舞浜だな」
いつの間にか白井の後ろにいた侑太が、さらりと言ってのけた。
「ええっ! 会長。なんで知ってるの?」
「アホか。そのくらい誰でもわかるわ!」
侑太はそのまま恭介に、「これ頼む」と紙の束を渡す。
恭介と悠斗は、生徒会役員代行という立場で、侑太の仕事の手助けをしている。
「生徒会の年末会計だな。いつまでだ?」
「週明け。職会に出すやつ」
「わかった」
帰り道、悠斗からは呆れられた。
「また侑太から、仕事丸投げされたのか」
最近、悠斗は週半分くらい恭介の処にいる。
悠斗の母が間もなく再婚するようで、相手の男性が、元々の悠斗の自宅で、一緒に暮らすようになった。
「邪魔したくは、ないからな」
そう言った悠斗の横顔に、夕陽が当たっていた。
「たいした仕事じゃないから、別にいいよ」
「でも、今日は金曜日。明日と明後日、お前時間あるのか?」
「うん。
多分…大丈夫」
週末、恭介は父親と会う予定になっている。
「東京湾が見える場所」が良いと言ったのは恭介だったが、藤影創介が指定してきたのは、湾岸エリアのタワーマンションの一室である。
創介が所有しているものだそうだ。
創介に会いたい。
会って話がしたい。
亜由美にはそう伝えた。
嘘ではない。
だが。
直接、面と向かって、恭介は父と話など、出来るのだろうか。
少し前、創介が重傷を負って意識も混濁していた時には、なぜか強気になれた恭介だったが、あの時とは状況が違う。
父が所有するマンションの部屋で、二人きりで会談。
想像すると、鼓動が速くなる。
怖いのか。
恭介は自問自答する。
いや、そうではない。
恭介とて、地上に戻って以来、いくつもの荒事に巻き込まれた。
その度に、闘った。
今の恭介ならば、仮に父が暴力を奮ったとしても、負けない自信はある。
それでもなお、動悸が生じる。
半端ない緊張感に、包まれるのだ。
恭介と悠斗が住まいに帰ると、一匹の黒猫がゆっくりと出迎えた。
猫は二人の足元にすり寄りながら、一声鳴いた。
ずっと悠斗が飼っていた猫である。
一度、悠斗の家に侵入した者たちを撃退した時、恭介が助け出した猫。
名前もネコ。
本来は、ペット不可のアパートであるが、瑠香がオーナーさんに頼み込んで、飼うことを許可して貰った。
悠斗がネコと遊んでいる間、恭介は速攻で、侑太からの依頼の仕事を仕上げた。
翌日の夕刻。
恭介は一人で、創介のマンションへ向かった。
お守り代わりに身に着けたのは、碧の勾玉と、二本の細身のナイフだった。




