【第一部】絶望 二章 地上と地底 13
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闇の中、恭介は力なく座り込んでいた。
父との関係が、決して望ましいものでなかった理由が、母の托卵だったことへの脱力感。
母は恭介が創介の子どもだと叫んでいたのに、それは嘘だったのか。
確かにこの洞窟は、試練の場所だ。
「オス猫は、気にいったメス猫が自分以外の雄の子を産むと、その子猫を食い殺す」
ある時、公園に捨てられていた子猫がいた。
恭介は飼いたかったが、創介が許すわけもなかったので、悠斗と一緒に時々餌を運んだ。
その公園にいた、ホームレスみたいな老婆が言っていた。
あの猫は、悠斗が引き取ったっけ。
左右の瞳の色が違う、黒猫だった。
そうか、俺は父に食い殺されたのか。
今更、自分が地上に戻ったところで何になる。
恭介の頬を、流れ落ちる一滴。
「恭介、お前は愛されて、望まれて生まれたよ」
祖父の声が蘇る。
愛してると、声にならない言葉を紡いだ母の顔がよぎる。
「生きろ!」と確かに聞こえた、友の声。
そうだ、今こうして命ある以上、生きて再び地上に戻らなければならない。
きっと、自分が生き延びた理由があるはずだ。
恭介は拳を握る。
自分を海中に落とした連中にも言いたいことがある。
できれば同じ目にあわせてみたいとも思う。
生きる理由を見つけるまで、今まで言いたかったことを叩きつけるまで、俺は死なない。絶対に!
恭介が顔を上げ、よろけながら立ち上がったその時。
洞窟の奥から重量感のある足音が響きわたる。
闇を上塗りするかのように、何かが存在していた。
荒い息遣いだけが聞こえる。
生臭い空気。
人外の生き物だろう。
魅入られたように、恭介はそれに近づく。
数歩、足を繰り出すと、サーチライトのような光が辺り一面を照らす。
恭介が見据えると、光はそいつの双眸だった。
大型の肉食獣のような外形。でかい。象くらいはある。
「汝は、何者ぞ」
ふいにそいつが喋った。女性のような声音。
光と闇に目が慣れた恭介が、真っすぐにそれに答える。
「俺は、藤影恭介だ」
そいつは、ライオンのようなたてがみを持ち、ギリシャ彫刻のような女性の顔。
背中に羽がある。
「名を問うているのではない。答えよ、汝は何者ぞ」
―そうか、スフィンクスか、こいつは!
オディプス神話に出てくるこの怪物は、通りがかる人たちに質問し、答えられない者を殺して食べていたという。
ここで恭介が答えられなければ、喰われてしまうのか。
それでもいいか。既に父親に喰われかけた身。
今更だ。
恭介は笑う。
そして大声で答えた。
「俺は復讐と再生をする者だ!」
スフィンクスは咆哮した。
洞窟内が、びりびりと反響する。
「ならば、その決意、見せてみよ!」




