【第六部】暁光 一章 残務 7
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恭介は、仙波の手紙を一通り読んだ。
仙波と香弥子が、互いの蟲使いの能力を補完し合っていたこと。
人間を使役できる仕組みを構築しようと、若年層に違法薬物を流したこと。
仙波の血液を使って、大量の蚊を用意したこと。
それらは、既知の内容でもあった。
最後に、仙波はこう書いていた。
『解き放たれた私の魂は、妹に、千波に会えるのだろうか』
仙波の妹、壬生千波は今も行方不明というのだが。
仙波は千波の死を、確信していたのだろうか。
翌日、恭介は登校し、昼休みに決意を固め、理事長室のドアを叩いた。
「どうぞ」
亜由美も創介の症状が落ち着いてきたので、出勤していた。
「こんにちは。理事長」
恭介はお辞儀をする。
「何よ、水臭い挨拶ね」
「いや、こういうことは、ケジメをつけないと」
「はいはい。で、わざわざ、何の用件かしら」
執務の手を休めずに、亜由美は微笑む。
「藤影、創介氏と、会って話がしたいのです」
「病院に来ればいいじゃない」
「退院してからで良いです。時間を取っていただきたい」
亜由美は手を止めて、小首を傾げる。
「来週には退院できるわ。ウチで良い?」
恭介は少し考え、答えた。
「出来れば、東京湾の見える場所で」
教室に戻ると、白井が話しかけたきた。
「理事長先生、大丈夫?」
蟲の来襲時、校内に残った白井や綿貫は、亜由美が先頭切って、生徒や避難した人を守る姿を見ていた。華奢な身体のどこに、あの様なエネルギーを保有しているのか。
平野聖子の講演会の終わりに、藤影創介が負傷したことや、彼の容態が、一時悪化したことも白井は知っていた。
「ああ、元気だよ。普通に仕事していた」
「そっか。良かった」
「ヒロこそ。柏内さんのことは……」
恭介は、柏内らが聖獣に導かれていったことは伝えていない。
だが、白井はなんとなく、柏内が遠くへ去ったことが分かっているようだ。
「いいんだ、キョウ。おばあちゃんの魂は、きっと別の世界で生きてるから」
そう言った白井の笑顔は、春先に初めて会った時よりも、二回りくらい大人の顔になっていた。
放課後、恭介は侑太に呼び出された。
生徒会室に入ると、侑太が一人で窓の外を見ていた。
侑太の視線の先には、はらはらと葉が落ちていく風景。
「ああ、恭介。悪りいな、呼んじゃって」
侑太は元々、恭介よりもだいぶ背が高い。
いつも恭介は見下ろされ、それだけで圧迫感があった。
ところが今日の侑太は、なんだか小さく見える。
「何かあったのか?」
「ああ、そうだな、うーん。何から言ったらいいか」
常日頃、傍若無人な言動を見せる侑太にはそぐわない、いじましさを恭介は感じた。
「お前に言わなければならないことは二つ。
一つは、お前と俺とで契約というか、一緒に誓いをたてて欲しいってことだ」
「よく分からないけど、犯罪とかじゃなければ考えるよ。
で、もう一つは?」
ため息を、何度かついて、侑太は意を決した。
「瑠香さんと、結婚することになった」
恭介は一瞬、侑太の言っていることが分からなかった。
恭介の脳内で、その意味を斟酌した途端、驚愕した。
「えっ?」




