【第六部】暁光 一章 残務 4
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白井父は、「釈迦に説法、とは思いますけどね」と言いながら、いかに狩野学園が素晴らしいかを、創介に語った。
「うちの息子、中学までは、あまりぱっとしなかったんですが、学園の高等部に入学してから、友人にも恵まれたようで、生き生きと通学してまして、親としてはそれだけで、嬉しくて…」
あながち、役人のリップサービスだけではない白井父の口調に、創介は相槌を打つことも忘れ、ただ聞きいった。
創介の眉間には、知らず知らず皺がより、一見険しい表情である。
「ああ、これは失礼。藤影さん、まだ療養中ですよね。
そろそろ、お暇いたします。
今回の、防虫剤やマラリア予防薬の迅速なお手配、改めて御礼申し上げます」
「いや、製薬企業として、当然のことをしたまでです。
ところで白井さん」
「はい」
「あなた、息子さんと、どうやって意思の疎通を図られているのですか。
羨ましいかぎりだ」
白井の父は首を傾げながら、答える。
「私、子供の頃から、多動性のグレーゾーンと言われておりまして、庁内でも家でも、勝手にベラベラ喋っているもので。息子からは、『ウザイ』とよく怒られてますよ」
亜由美はくすくす笑っている。
白井家の、父と息子の会話が、ありありと浮かんだ。
「ああ、そうだ。藤影さんも行方不明だったご子息、
お戻りになっていますよね。
ウチの息子、仲良くさせていただいてます」
創介が驚いて白井を見つめると、彼は深々とお辞儀をして病室を去った。
ホテルのロビーの片隅で、健次郎は侑太に告げた。
「新堂、侑太君。君は新堂家、最後の血筋となった。
ここにいる瑠香も、宇部末裔、最後の一人。
瑠香と、結婚しろ」
ぎょっとする侑太。
顔色が変わる瑠香。
「おじいちゃん、何、冗談言ってるの!」
「冗談ではないよ、瑠香。
それが、お前たちにとって、更に言えば日本にとって必要なんだ」
健次郎は語り始めた。
今回の蟲発生と言う事態を引き起こした仙波のこと。
それを阻止するために、目に見えない世界を、動かさざるを得なかったこと。
「日本は不思議な国だ。
何度も、国の存亡を賭けた戦いに、巻き込まれている。
だがその度に、なぜか守られている」
侑太は神妙な顔で聞いている。
似たような話を、かつて香弥子から聞いたことがあった。
「例えば、蒙古来襲。
当時、絶大な力を持っていた蒙古軍が、日本を攻めてきた時、神風が吹いて蒙古を退けた」
「それは運よく、台風が来たって話じゃないの?」
瑠香はクリームソーダを飲みながら尋ねる。
「まあ、そうかもしれない。
そうでないかも、しれない」
「蒙古軍を退けたのも、目に見えない力が、働いた、ということですか?
それなら、なぜ、第二次世界大戦では、敗戦したのでしょうか」
侑太の質問に、健次郎はにやりと笑う。
「いいところに気付いたね。
答えは簡単。
第二次世界大戦の時は、見えないものを動かすことが出来なかった」
「ええ? なんで?」
「畑野家、宇部家、新堂家がどんなに手を尽くしても、あの方を呼ぶことが出来なかったのだ」
「あの方って、誰ですか?」
「武内宿禰」




