【第六部】暁光 一章 残務 3
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大量の蚊の発生に伴う、緊急事態が収拾して一週間。
首都圏は、いつもの生活に戻っていた。
ありふれた日常を保つために、誰かが何かを行っていることを、知る人は少ない。
藤影創介は恭介からの輸血が効いたのか、翌日には退院を申し出るくらい回復した。
だが、主治医には強く止められ、亜由美には叱られた。
「俺は輸血の際、インフォームドを受けてないぞ」
主治医が去ったあと、創介はぶつぶつ言ってはいたが、表情は穏やかだった。
ふと、亜由美を見つめ、創介は訊く。
「なあ」
「何?」
「お前、恭介が、戻ってきたの、知っていたのか?」
「ええ」
「そうか」
問いただしたいことは山のようにある。
亜由美にも。
勿論、恭介にも。
だが
今はいい。
恭介は、病室に主治医が来る前に、住まいに帰った。
ドアを開けると、コーヒーの香りが恭介を出迎える。
「おかえり」
悠斗がカップを恭介に差し出す。
「ただいま」
恭介は飲み干して、ソファーに横になった。
「どうだった?」
心配そうな悠斗の声。
「生きてるよ。
あのくらいで死ぬ父じゃない」
うつ伏せのまま恭介は答える。
「話せたか? 何か」
「全然」
父と話したいことは、無論ある。
話さなければいけないことも、たくさんある。
だが
今はいい。
その日の午後、戸賀崎や原沢、牧江は、再び日本を離れた。
見送った侑太は、その足で瑠香が待つ場所へと急いだ。
待っているのは、瑠香だけではない。
瑠香の祖父、畑野健次郎が一緒にいるのだ。
侑太は珍しく緊張していた。
かつて、母、香弥子から聞いたことがある。
どんなことでも、香弥子は願い事を叶えてきたと豪語していた。
だが、そんな香弥子でも、逆らえない人がいる。
逆らえない家がある。
それは、香弥子の本家筋、宇部の血縁者。
そして、宇部でも敵わない仇敵のような存在。
それは畑野家であると。
侑太が瑠香を初めて見た瞬間、逆らえぬ血を実感した。
宇部家の生き残りである瑠香が、畑野の養女であることを知り、侑太は直感が間違っていないことを知る。
今の侑太は、瑠香の用心棒兼、召使である。
それで良いと思っている。
畑野家の当主、健次郎が、侑太に会いたいと言ってきた。
苦言か。
罵声か。
あるいは…
今更つくろっても、どうしようもない。
覚悟を決めて、侑太は待ち合わせのホテルのロビーを進む。
瑠香の隣には、年配の男性がいた。
その頃。
買ってきてもらった新聞を読む創介に、見舞客が訪れた。
「藤影さん、この度は大変お世話になりました」
高級そうな果物を抱え、病室にやって来たのは、厚生労働省職員の白井である。
「ああ、白井君か。なんとか治まって良かったな」
亜由美も挨拶しようとして、目を何回かパチパチさせた。
「あら、白井さんて、高等部の白井君の?」
「理事長先生。お世話になっております。私、白井弘樹の父親です」




