【第六部】暁光 一章 残務 1
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恭介と悠斗は、一旦恭介の住まいに寄り、着替えをしてから学園に向かった。
健次郎は、常宿にしているホテルに戻ったようだ。
学園に行く途中、悠斗は恭介に言う。
「あのさ。
俺もそう思った」
「何を?」
恭介は聞き返す。
「お前が、侑太や他の連中に復讐するため、手を汚さなくて良かったって」
そうか。
良かったのだろうか。
これで。
二人が校門をくぐると、校庭には、生徒らが結構残っており、あちこちで歓声が上がっていた。
賑わう声の中心には、華やかな衣装を身に纏った、瑠香ともう一人。
生徒たちは二人の女性を囲んで、写メを撮ったり、握手をしたりしていた。
「えっ、牧江?」
瑠香の横で笑顔を振りまく女性は、アメリカに旅立ったはずの牧江だった。
恭介が一瞬分からなかったのは、衣装やメークのせいではない。
牧江の表情が、学園に在籍していた時と、別人のようだったからだ。
今の牧江には、天使の衣装が、よく似合っていた。
瑠香と牧江を取り巻く人の輪を割って、一人の女子生徒が牧江に歩みよる。
「牧江さん」
近づいたのは綿貫だった。
綿貫は牧江に、自分のスマホの画面を見せる。
牧江は大きな目を更に見開く。
「結海!」
画面に写っていたのは、かつて牧江が追い込んだ綿貫の友だち、設楽結海の笑顔だった。
「設楽、もうすぐ退院出来るって。
今日の動画、見てたよ。
元気、貰ったって。
ありがとうって…」
綿貫は途中から涙が流れ、言葉が上手く出なくなった。
聞いた牧江も涙を浮かべた。
「あ、ありがとう
ありがとう!」
牧江と綿貫は泣きながら抱き合った。
傍らの瑠香は、二人の背中をそっと支えた。
「牧江も来てたのか」
悠斗の呟きに、恭介は反応する。
「悠斗、『牧江も』って、牧江以外にも、誰か来てるの?」
「ああ、そっか、悪い。キョウには言ってなかったな」
悠斗が頭を掻く。
その後ろから、ぞろぞろ現れる見知った顔。
「なんだよ、小鳥と蝙蝠用意した、俺に感謝しろっての」
少し背が伸びた様子の戸賀崎が、恭介に片手を上げて「よう!」と言った。
「あの虫たちが飛ぶ中で、ケージ運んだ俺の脚力に、賞賛ほしいね」
今にもトラックで走りだしそうな原沢が、挨拶代わりに恭介の手を叩く。
「戸賀崎も、原沢も、どうして此処に?」
「ふふふ、俺の財力と指導力を称えよ、庶民」
最後に侑太が顎を突き出し、恭介に言った。
「侑太、お前、みんなを集めてくれたのか」
「まあな。半分は瑠香さんの指示だけど」
「あとの半分は?」
「罰を受けるため。
お前から、ちゃんと罰して欲しいと思って、みんな帰国したんだ」
戸賀崎は、神妙な表情になる。
「ウチのママが謝罪とお礼をしろって煩くてな」
「俺は兄貴から、どんな罰でも受けろって言われて帰ってきたよ」
原沢は恥ずかしそうに、視線を斜めに投げた。
二人の横で、うんうんと頷く侑太を見て、戸賀崎と原沢は声を上げる。
「ていうか、お前が本当は一番に謝れ!」
いや、俺はもう謝ったよ、などと言って、侑太は去った。
やり取りを眺めていた、恭介は思わず吹き出した。
実のところ、彼らのことは、たいして気にしてない。
侑太は、己の行為の代償に、片目と実母を失った。
もう、十分だ。
「なんだよ、何笑ってるんだ、俺マジなのに」
戸賀崎がふくれっ面になる。
「いや、ごめんごめん。何か、こんな会話、お前たちと出来る日が、来るとは思ってなかったから、つい」
「いや、マジな話、どんな罰でも受ける覚悟あるからさ」
原沢が再度、恭介に言う。
「それじゃ、一発ずつ殴らせろ」
戸賀崎も原沢も真面目な顔で頷く。
「と、言いたいとこだけど、今日はもう、体中痛くて、拳を揮うことも出来ないんだ」
怪訝な表情の二人。
「だからさ、帰って来いよ。三年生になったら。
一緒に卒業しようよ。
俺、小学部も中学部も、卒業式、出られなかったから」
「ああ、たしかにな。
海の底にいたもんな、キョウは」
悠斗が揶揄い気味に、二人に言った。
「いいのか、それで」
原沢が言う。
「俺、退学届、出したけど」
戸賀崎が不安そうに呟く。
「大丈夫だ、戸賀崎。原沢も。
復学できるように頼んどく。
俺からの罰はそれだけ。
待ってるよ!」
昇降口のあたりに、母、亜由美の姿を認めた恭介は、悠斗を誘って、歩き出す。
あいつらを、切り刻むような復讐をしなくて、確かに良かったと恭介は思った。




