【第五部】縁 四章 残照 9
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武内は、肩の力を抜いた。
終わったようだ。
ただし
今回は。
彼は海上に現われた、巨大な眼球に向かって、ひらり飛んだ。
武内を受け止めた眼球は、波の下に消えた。
狩野学園の校庭には、避難していた人たちが、次々と集まっていた。
校庭のスクリーンの前には、瑠香と牧江が揃って出て、皆に手を振っていた。
歓声と拍手。
後夜祭のような賑わいになった。
「なんだ、牧江も帰ってきてたのか」
原沢のつぶやきを聞いた侑太は、鼻を擦る。
空を被っていた蟲の影は、一掃された。
晩秋の夕暮れの空を、鳥が旋回していた。
藤影薬品の社長室で、残務に追われていた創介の元に、社内便が届いた。
届けた秘書の一人は、創介の顔色の悪さに驚き、秘書室に戻ってから救急車を手配する。
社内便には株式譲渡の書類一式。
差出人は、仙波であった。
「バカだな、あいつ」
独り言を呟いた後、創介は意識を失う。
そして県境。
「えっ? 今、なんて」
出血が止まり、躰の痛みが和らいだ恭介が、立ち上がった。
今、耳にしたリンの言葉が、瞬時に理解出来なかったのだ。
「柏内と平野の両名は、これより地底に連れていく。
既に畑野の息子の方は、連れていってある。
三名は、我らの跡を継ぐ者。
しばらくの間は、地底で修行するのだ」
健次郎は上半身を起こし、頷いていた。
「継ぐって、何を? どうして、柏内さんや聖子さんが」
恭介の体を支えながら、悠斗が訊いた。
「いずれ、代替わりをするのですよ。我々、四体は」
スズメが自分の羽で、健次郎の咽喉に風を当てていた。
「四体、レイさんも?」
「レイ様と呼べ。キヨスケ。
レイ様は、もう身の内に、代替わりの者を抱えておる」
そうだったのか。
永遠無窮の存在だと思っていた四聖獣。
だが、人知を超えたところで、バトンの受け渡しが行われていたのか。
「誰もが受け継げるわけではないぞ。
縁あってのことじゃ」
やはり偉そうにリンが告げた。
「時間だな」
メイロンが言った。
スズメが柏内を、メイロンが聖子をそれぞれ抱いた。
抱きかかえられた二人の女性は、童女のような寝顔だった。
「さらばだ、キヨスケ。
あとは、そこの、畑野家のはみだし者にでも聞くと良い」
風が吹く。
乾いた風である。
恭介が目を閉じたのは、ほんの一秒。
その秒速で、聖獣は去っていた。
「帰ろう。俺たちも」
健次郎に促され、恭介と悠斗は、県境を越え南に向かう。
最寄りの駅につくと、人影はまばらだったが、電車は走っていた。
隣に座った健次郎が、恭介に尋ねる。
「復讐は終わったか?」
「よく、わからないです」
恭介の正直な感想だ。
仙波の魂は、救われたのだろうか。
いや
そもそも俺は、仙波を救いたかったのか。
祖母や柏内のことも、畑野のことも、疑問符だらけの恭介である。
「俺はね、君が人を殺めなくて、実はほっとしているよ。
感情の捨て場所としての復讐、要は『とりあえずの復讐』は、止めなかったけどね。
それは
仙波に対しても同じだった」
健次郎はそう言って、瞼を閉じた。
乗り換えの駅に近づいた。




