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【本編完結】異世界から戻ったので、とりあえず復讐します~少年が大人になる通過儀礼~  作者: 高取和生@コミック1巻発売中
第五部

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【第五部】縁  四章  残照 7


日没を控え、首相官邸では臨時の閣議が開催された。

首都圏における害虫の異常発生、並びに、それに伴う緊急事態の早期解決に向けて、閣議決定を打ち出すためである。


無数の虫が日本に与えた脅威としては、昭和四十二年のウンカ以来のことである。


よって農林水産省は、ウンカの定点観測地点で、蚊のカウントを試みたが、あまりの数の多さに観測を断念した。


厚生労働省も、各都県と協力して、蚊の定点モニタリングを行った。


通常の方法は、観測地点において、人が捕虫網使い、八分間蚊の捕虫に当たる。

今回、八分を待たず、捕虫網は蚊で埋まった。

まるで「蚊の佃煮」だと、担当者は語った。


都県の知事から一斉に、政府に出された要望は、同盟軍への協力依頼である。

自衛隊は、除虫作業を開始していたが、想定よりも時間がかかっていた。


マラリアを媒介するハマダラカが、活動するのは主に夜間。

既に、各都県で、虫刺の被害と思われる、救急搬送が報告されている。


時間は、あまりない。



日没時刻。


己の胸を貫いた恭介を見て、悠斗は声を振り絞る。


「恭介――!」


悠斗の絶叫に被せるように響く、断末魔の叫び。


「ぎゃああああ!」


叫んだのは

仙波だ。


恭介は胸から刃を引き抜く。

鮮血が吹き出し、地に落ちて行く。


鮮血の吹き出た辺り、その奥から薄いピンク色の球体が現れ、どろりとした液体を零す。


球体は、蟲の卵である。

卵は形を崩しながらも、孕んだ成虫を空中に吐き出す。


仙波は左胸を掻き毟りながら、地面に転がり、のたうち回る。


その隙に悠斗は恭介の元に駆け寄り、片膝をついた恭介の肩を抱く。

悠斗が自分の上着を丸めて、恭介の出血部に当てようとしたその時。


青白い光が、恭介の胸から広がった。

光の中、赤子の掌ほどの大きさで、ぱたぱたと何かが飛び出てきた。


薄い羽は碧色。そしてネオンライトのような橙色の筋。


蝶だ。


蝶は光跡を残しながら、恭介の体を離れ、仙波の元へ飛ぶ。


「おおお」

仙波は蝶に手を伸ばす。


常世神と仙波は言った。

この蝶が、かつて信仰の対象にもなったという、常世神なのか。


常世神は、仙波の近くではばたき続け、ふいに口吻を伸ばす。

儚なげな風情からは想像できないほど、太く長い口吻の先。


口吻の先端部は、仙波の頸動脈を貫いた。


見る見るうちに仙波の顔色は白くなる。

蝶の羽の上のオレンジ色の筋は、一気に真紅に変わる。


「常世神は、世に災いをもたらす神にあらず」


失血して顔色が悪い恭介に、懐かしい声が聞こえた。


「キヨスケよ、仙波を解放してあげるのだ」


偉そうな口ぶり。

長い耳と髭。


リンが、いつの間にか恭介の側に立っていた。


「リン!」


「キヨスケよ。お前、ミサキから貰った、玉を持っているじゃろ?」


「なぜそれを」


「人間が海の底を見ている時、海底の者たちもまた、人間を見ているのだ。


あの玉は、『呪いかえしの玉』

今こそあれを使う時なのだ、キヨスケ!」


悠斗に抱えられながら、恭介は仙波の元へと歩んだ。

仙波は息も絶えだえに、横たわったままだ。


無言のまま、両者は互いの目を見つめる。

仙波は声なく笑う。

その口に、恭介はそっと玉を滑らせた。


仙波の咽喉が動いた。


「これで、抜けられる」


爪先ほどの細さで、空に残っていた朱色が、すうっと消えた。


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