【第五部】縁 四章 残照 1
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午後三時。
蚊の大群の勢いは止まることを知らず、都と隣接三県の知事から、自衛隊への出動要請がなされる。
自衛隊は、除虫剤の空中散布を提案するが、人体と生態系への危険性を鑑みて、案は却下された。
何より、空一面の虫の中、自衛隊のヘリを飛ばすこと自体が難しい。
陸自のジープですら、フロントに層を作る、虫の駆除から始めなければならなかった。
偵察用に飛ばしたドローンは、すぐに機能を停止し落下した。
原因は不明である。
国立感染症センターからは、捕獲した蚊から、マラリア原虫の他に、ジカ熱、デング熱のウイルスが検出されたという報告があった。
公共の放送や、ネットニュースを通じて、首都圏で異常発生をした虫たちの情報は、瞬く間に全国で共有される。
――大丈夫か、ニッポン
――モスキートパニック!
――やばくね
――やばくね
――やばくね
人々の意識に刷り込まれていく蚊の恐怖。
虫への忌避感。
人が恐れれば恐れるほど、空中を飛び回る羽音は高くなる。
瑠香や侑太を乗せた車は、這々の体で、狩野学園に着いた。
「悠斗は?」
車中では、うとうとしていた瑠香が訊く。
「誘ったけど、現地で恭介を待つそうです」
原沢は、悠斗と共に、貯水槽の中に蝙蝠を放った。
「行けよ原沢。俺は残る」
そう言った悠斗に、原沢はサングラスを渡した。
「陸上用のヤツだ。やるよ、お前に」
「じゃあ、もらっとくわ」
原沢と悠斗は軽くタッチして別れた。
「死ぬなよ」
原沢の小声が、悠斗に届いたかは分からなかった。
突然、瑠香のスマホから音楽が流れた。
同時に、アニメキャラのような女性の声が、空気を変える。
「みんなー元気かなぁ?」
侑太も戸賀崎も原沢も、声の主を知っていた。
「牧江?」
「牧江か?」
「牧江の声だ!」
「はーい!
りなリンでーす!
今日はりなリン、みんなに素敵なお話、しちゃうよ!」
牧江里菜は現在も米国在住である。
彼女はコスプレ姿で、日本のサブカルチャーを紹介する、動画配信者として有名になっていた。
「侑太、牧江のこと、知ってたのか?」
原沢に聞かれ、首を振る侑太。
「良かった! 間に合った!」
瑠香だけは知っていた。
「侑太、この画面、校内で流して」
「かしこまりました、瑠香さん。
でも、なぜ」
「今も仙波の呪い歌が、あちこちで流れてる。
人心の不安を搔き立てるために。
不安は現象の強化。
これを破るには、真逆の内容を流すしかない」
瑠香は同じコスプレイヤーとして、あらかじめ牧江に依頼していた。
日本に災厄が訪れたら、思いきり可愛く、出来るだけ明るく、絵本の朗読を配信して欲しいと。
「絵本、ですか」
戸賀崎も原沢も、恭介とその友人たちが、呪いを解くために出した絵本のことは知らなかった。
スマホから流れる牧江の声は、現在の牧江の境地を表しているのだろう。
動画を見なくても、彼女が飛び切りの笑顔で喋っている姿が分かる。
「じゃあいくよー
今日のお話はね
『天使と魔女のさがしもの』!」




