【第五部】縁 三章 時間の交錯 12
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午後一時。
竹芝のターミナル、その中央広場に、帆船マストのモニュメントがある。
モニュメントの垂直棒の先端部、てっぺんに立つ人影一つ。
武内である。
東京湾の水上にも、薄く広がる蟲の群れ。
武内の肩には、鳥が止まっては、また飛び立っていく。
「だいぶ薄まってきたが、まだまだか」
独り言をつぶやく武内の肩に、大型の鳥が降り立つ。
フクロウに似ているが、頭頂部に耳のような羽飾りを持つ、トラフズクだ。
「ふんふん、そうかそうか」
武内はトラフズクと会話をしているようだ。
「未だ、観念からの脱却が、進んでいないのだな。まず私からか」
武内は、右手を海に向かって差し出す。
鈍く光る波頭を越えて、東京湾の魚たちが集まってくる。
海上に鱗を翻し、魚たちは空中の虫を喰う。
「あとは、坊ちゃんの息子
突破できるのは、そこだ」
『坊ちゃんの息子』こと藤影恭介は、時の歩廊を歩いていた。
正確に言えば、歩いている感覚だけは鮮明だった。
周囲は暗い。
足元に、鬼灯ほどの大きさの灯が、ぽつりぽつりと落ちている。
いつしか、草いきれに包まれる。
暗闇で目を凝らすと、恭介の肩くらいまでの、草が見えた。
秋の虫の声がする。
視界が開けた。
見覚えのある風景。
ここは
セッコク島だ。
ぽちゃん…
水に何かが落ちた。
視界の先に、誰かが立っている。
水に何かを投げ入れたのは、きっとその人だ。
面影は、凪と呼ばれた姉の方。
凪の前に広がる、小さな池。
黒い水面に、ぽっかりと月が映っている。
満月だ。
水面の波紋は月影を揺らし、照り返す月の光は一直線に立ち昇る。
辺りは柔らかな光で満たされ、浮かびあがる、一体の竜。
メイロン!
地底での師とも言える聖獣たち。
恭介に体術を伝授したのは、竜に変化出来る、いや、本体の竜が、人の姿に変わっていた守護神。
メイロン。
――天地の契約に基づき、わが身を呼んだのはお前か
地響きのような竜の声。
やはりメイロンだ。
「竜神よ!
我が願い、聞き届け給え」
――ならぬ
「なぜだ!
私は、私の一族は、そなたと契約をしたはず!
なぜ叶えてくれないのだ!」
――簡単なこと。契約はとうに無効。それに…
それに、そなたは血生臭い。
「ならば、私は強引に突き進むのみ!」
凪は池から立ち昇る光の柱を壊すように、強引に飛びこんだ。
さすがのメイロンも焦ったように、水の中に戻る。
傍らで見ていた恭介も、後を追う。
地底に辿り着いた凪は、知識の泉をかき回していた。
あれでもない。
これでもない。
遂に歓喜の声を上げる。
「これだ!
これだこれだこれだ!」
泉から取り出した水の塊を、凪はすぐさま呑み込んだ。
凪の顔も四肢も、炭のような色に変わった。
地底に戻ったメイロンは、雷撃を凪に放つ。
凪はそれを華麗に躱し、手刀で空間を切り裂く。
壁紙を剥がしたかのような、空間に出来た隙間に、凪は体を滑らせる。
恭介もその隙間に入り込む。
トンネルのような闇の先に、指先程の光。
その光を覗き込んだ恭介は、変貌した凪の姿を、はっきりと見た。
凪は、既に仙波の姿に変わっていた。
そして、歯を剝きだしにして、笑っていた。
「戻ってきた!
現世に戻ってきた!
とりあえず
復讐だ!」




