【第五部】縁 三章 時間の交錯 11
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「なんだよ、悠斗もいたのか」
聞き覚えのある声が、もう一人分。
悠斗が振り返えると、見覚えもある顔が笑っていた。
「帰ってたのか、戸賀崎」
「ビザとかいろいろあってな」
ほら、と言って、戸賀崎は悠斗に何かの部品を投げる。
「首周りに付けろ。蚊の嫌いな香りと周波数を発生するデバイスだ。
少なくとも、顔周りくらいの虫よけにはなるぞ」
それは、スマホのヘッドホンサイズの機器である。
「お前がスイッチ押すと、ボンって爆発するとか」
「バッカ。しねえよ、もう、そんなこと」
戸賀崎翼が長期滞在している豪州も、害虫と言われる虫は多く、最近は蚊の媒介による、デング熱などが流行するようになっている。
戸賀崎は滞在してすぐ、蚊や、蚊よりも小さいサンドフライやらに刺されまくった。
地元の虫よけ剤はあまり効果が感じられず、ムカついて自分で虫対策用品を開発したそうだ。
いかにも戸賀崎らしい話だと、悠斗は思う。
「鳥もお前が連れてきたのか?」
悠斗の目の前を、白い腹を見せながら飛ぶ小鳥が、次々と蚊を啄んでいく。
「シジュウカラだ。可愛いだろ?」
目を細めて鳥たちを見つめる戸賀崎の表情に、かつてのマッドサイエンティストの色はない。
侑太が瑠香を車に乗せる。
車に積まれていた荷物が一つ、外に置かれた。
「可愛い顔してて、虫を大食いするが、こいつらは鳥。
飛べるのは、日没までだ」
今の時期の日没というと、あと四、五時間か。
それまでに、蟲の駆逐は出来るのだろうか。
「だから、こいつらも使う」
戸賀崎は布をかけた大きな箱を叩いた。
訝しげな悠斗に戸賀崎は言う。
「こいつらは、蝙蝠だ。蚊を大量に食ってくれるぞ」
「その蝙蝠、建物の中でも飛ばせるか?」
悠斗は、恭介が入っていった建物を指さした。
戸賀崎はニヤっと笑って胸を張る。
「もちろん!」
それを聞いた悠斗は、ケージごと運ぼうと手を伸ばす。
「おいおい、一人で運ぼうなんて、見え張ってんじゃねえぞ」
車の陰から声がした。
やはり、聞き覚えのある声である。
「原沢! お前も帰ってたのか」
「兄貴からの頼まれごとが、ちょっと」
少し照れたように、原沢廉也は言った。
顔の輪郭は少し丸みを帯び、血行の良い肌色になっている。
「とにかく、俺がメインで走るから、悠斗、お前はサポートしてろ」
「わかった。頼む!」
戸賀崎が助手席に乗り込むと、後部座席で侑太が瑠香に、飲み物を飲ませていた。
瑠香が乗っている側の窓に、一羽の鳥が近づいて来る。
スズメよりも小さい、茶色の鳥。
「あ、ミソサザイ」
戸賀崎の声に、瑠香が反応する。
ミソサザイが来たということは。
「始まった!」
「え、瑠香さん、何がです?」
「鳥使いが、鳥たちを指揮するの。
蟲を一掃するために」
瑠香の言う通り、それまでバラバラに飛んでいた鳥たちが、一定方向に向かって羽ばたき出した。
鳥に追い立てられるように、蟲の大群も一本の帯になり、下流に向かって流れ始める。
「あとは、恭介次第。
だけど、そのための支援が必要」
そう言って瑠香は、スマホの画面を見つめた。




