【第一部】絶望 二章 地上と地底 11
11
恭介はリンに案内された、洞窟の前にいた。
それは、泉のあった場所から、更に木々が鬱蒼と茂る処に隠されていた。
「キヨスケよ、ここからはお前ひとりで行くのだ。進んだ先に、出口はある」
「はい」
心配そうなスズメが追いついた。
「これをお持ちください」
スズメは、恭介に一本の枝と小さな鈴を渡す。
「この洞窟は、進む人の、些末な記憶のかけらを映します。もしも途中で…」
耐え難い痛みや苦しみに襲われたら、鈴を鳴らせとスズメは言った。
「木の枝の方は、お守りです」
「ありがとう、スズメ。行ってくる」
恭介は洞窟に足を踏み入れた。
数歩進んだあたりで、恭介の周囲は真っ暗になった。
振り返っても、何も見えない。
前に進むしかなかった。
距離感も平衡感も、徐々に失われていく。
聞こえるのは己の呼吸音と心音だけだ。
血液がすうっと下がる。立ち眩みのような感覚。
暗闇の中、どんどん恭介は下降する。
ふいに映像が浮かぶ。
闇が映し出す幻覚か、恭介の脳裏が密かに把握しているものなのかは、判別できない。
ノイズの多いテレビ画面のような映像は、次第にはっきり形を刻む。
白い勾玉と黒い勾玉が、くるくる回転し、互い組み合わさり、太極のマークとなる。
その白い勾玉の部分に恭介は吸い込まれる。
見えてきたのは、昔の日本の兵隊たち。
アジアのどこかの国か。
泣いている、現地の子どもと、その母親。
一人の兵士が子どもに食べ物を渡す。
兵士のかすかな笑顔は祖父のそれに似ていた。
祖父の父親、恭介の曽祖父だろうか。
子どもの母親は、何度も頭を下げ、自分の首に下げていたものを曽祖父に差し出す。
曽祖父は断るが、母親は強引に彼の手に押し付けた。
サイコロくらいの大きさの、白い箱。
場面は飛ぶ。
戦後間もない日本の風景。
ある一軒の平屋。
玄関には旧字体で薬屋と書いてある。
父親が息子を抱いて、なにかを語っている。
父親は、手に小さな白い箱を乗せていた。
息子がその箱を欲しがる。父親は首を横に振る。
―お前が大きくなったら
やがて、新幹線が開通し、オリンピックに沸き立つ日本が、高度経済成長を迎えた頃、薬屋は薬品会社になった。
祖父は曽祖父から、白い箱を譲りうけた。
次のシーンで、恭介の父、創介が現れた。
あるパーティー会場。
経営者として注目を浴びる創介。
創介は、一人のコンパニオンの女性を注視する。
気付いた女性が顔を上げる。
母、亜由美であった。




