【第五部】縁 三章 時間の交錯 8
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意識が戻った藤影創介の元に、担当医が訪れた。
「藤影さんの肝臓損傷、本来ならば致命傷でした」
医師は持参したタブレットで、創介の内臓画像を示す。
「不思議なことに、肝臓に膿瘍が出来ていたため、そこで刃が止まったようです」
創介の肝臓膿瘍。
何かの寄生虫感染を起こした結果、肝臓に出来たもの。
カルテには、そう記載されていた。
とにかく、しばらくは安静にと医師は言った。
医師が退室すると、創介はおもむろに起き上がる。
「創介さん!」
側で、医師の話を聞いていた亜由美が驚く。
「出社する」
「お医者さんは安静って言っていたでしょう!」
「こんな時、薬屋が、動かないわけにいかないだろう」
創介の声は掠れている。
「だからって」
亜由美が、創介を押しとどめようとするその時、創介のスマホが鳴った。
「藤影です」
「緊急案件につき、藤影さん個人に連絡させていただきますこと、ご了承ください。
わたくし、厚生労働省の白井と申します」
鄙びた温泉宿で、柏内と聖子は、身体の傷を回復させていた。
「まさか、ここで、武内先生にお会いできるなんて」
聖子は微笑んだ。
「先生がご存命だったとは、正直驚きました」
柏内がしみじみと言う。
「私の家系は、テロメアが長いのです」
冗談とも本気ともつかぬ、武内の科白。
柏内や聖子が、七十年代の闘争に参加していた時、既に武内は伝説の闘士だった。
あれから幾星霜。
いったい、武内は今、何歳になったのだろう。
「たってのお願いがありましてな。
お二人とも、命を落とすところ、お助けいたしました」
「健ちゃん…畑野さんは?」
「畑野健次郎さんは、別の場所でこれからの準備をしています。
ただ…」
畑野の家には、少しばかり犠牲があった。
そう武内は言った。
鳥の鳴き声が聞こえる。
柏内が目覚めた時よりも、はっきりと響いている。
鳥の声は幾重にも重なり、柏内や聖子に、何かを訴えかけているかのようだ。
「お伺いしましょう、先生。
私たちはこれから、何をすれば良いのか」
白井との通話が終了し、創介は亜由美に向かって話をする。
「俺は、俺にしか出来ないことをする。お前も…
お前にしか出来ないことをしろ。
学園を、子どもたちを守れ。
それはお前にしか、できないことだ、亜由美」
創介の瞳には強い光が宿っていた。
かつて
一人の少女を助けた時と、同じ光だった。
その日、午前九時。
政府から、緊急事態の宣言が出される。
厚生労働省、各都県、並びに国立の感染症センターが、大量に発生した虫の駆除と、国民の安全の確保に乗り出したのである。




