【第五部】縁 三章 時間の交錯 4
4
朝のニュースが流れている。
『江戸川の河川全域に、季節外れの蚊が異常発生しています。
現在、厚生労働省と、県の保健医療部が、原因究明にあたっています。
なお、在来種のヒトスジシマカやアカイエカのほかに、ハマダラカを採取したという報告も上がっています。ハマダラカはマラリアの原虫を媒介することで知られています…』
藤影創介の病室に付き添った亜由美は、まんじりともせず夜を越えた。
致命傷は免れたものの、夫は深い眠りに落ちている。
義母は病室を出たあと、何の連絡もない。
息子は
恭介はどうしているのだろう。
そろそろ登校する時間だろうか。
亜由美が病室に持ち込んだ小型ラジオからは、不穏な出来事が告げられている。
病室の外、葉が落ちた木の枝に、二羽の小鳥がとまっていた。
「……」
掠れた音が、ラジオの音声に重なる。
はっとして亜由美が創介を見ると、創介が片目を開けていた。
「創介さん!」
創介が伸ばした指を亜由美は握る。
創介の瞳に、宿る光。
「……ある」
「何? あるって、何があるの?」
「予防、治療、どちらも……」
「お薬ね。お薬のことなのね」
創介はイエスの代わりに、まばたきを繰り返す。
創介が、自身の寄生虫感染の痕跡に気付いた時に手配した薬剤は、マラリアの予防薬と治療薬だった。
創介の意識が戻ったと、亜由美は恭介にメッセージを送る。
だが、既読にはならなかった。
瑠香は身支度を整え、出かける準備をしていた。
久々に、気合を入れてメークもした。
朝食を運んできた侑太が血相を変える。
「まさか! お出かけですか!」
「みんなが闘っている時に、私だけ、寝ているわけにはいかない」
「無理だ! 止めてください!」
瑠香を抱きしめる侑太に、瑠香は静かに言う。
「パパが、死んだの」
侑太が息をのむ。
「おじいちゃんも、出ていった。恭介のことが心配だって」
瑠香の唇が一文字になる。
「私には、私にしか出来ないことがある。だから行く!」
侑太が瑠香から腕を離す。
「俺に、俺にも何か出来ることは、ありますか?」
瑠香は正面から侑太を見つめて言った。
「鳥が必要。たくさん。その手配をお願い!」
風の如く、瑠香は飛び出していった。
侑太は瑠香の依頼を反芻しながら、思い当たる人物の顔を思い浮かべた。
恭介は灰色の空気に囲まれながら、仙波の後を追っていた。
膨大な数の蟲が集合すると、空気の透明度はこれほど変わるのか。
どうやら仙波は、首都圏外郭放水路の中枢部、地下の調圧水槽に向かっているようだ。
恭介を誘っているのだろう。
階段を降りていく足音が、やけに響いて聞こえてくる。
地下の調圧水槽には恭介一人が向かう。
悠斗は除虫剤を散布しながら、待機する。
計画を話した時、悠斗は自分も一緒に行くと言い張った。
だが、想定外の状況が生じた時に、瞬時に脱出できるルートは、確保しておかなければならない。
「それに、これは俺自身の闘いなんだ、悠斗。俺が、大人になっていくための」
恭介の言葉に、悠斗も渋々了承した。
罠でも張っているのか、仙波。
いいさ、のってやる!
遅れて階段を降りた恭介の目の前に、不可思議な空間が広がっていた。
地下から生えた巨大な何本もの柱が、あたかも天を支えているかのような風景。
これは
まるで
「まるで、地底の空間、そのものでしょう」
仙波の声が反響した。




