【第五部】縁 三章 時間の交錯 3
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恭介が蚊の大群を排除しながら、仙波の姿を追っていた頃。
新堂宅で休む瑠香の元に、畑野健次郎が訪れた。
瑠香は体を起こす。
健次郎の要件は分かっている。
「瑠香、景之は…」
「知ってる」
瑠香は耳に当てていたガーゼを剥がす。
ピリッと痛みが走る。
外耳からツーっと垂れる膿に、僅かばかりの蟲の羽があった。
「おじいちゃん。誰の味方なの? 仙波に肩入れしてるの? 畑野の頭領じゃなかったの?」
それには答えず、健次郎は瑠香の耳殻を確かめる。
「だいたい治ったようだな」
その目付きは、学者のものである。
「パパが、
吸い取ってくれたから」
鼻声になる瑠香に、健次郎は語る。
「味方とか敵とか、単純に決められはしないさ。
俺は藤影創介にも、その息子にも肩入れしたし、今回、仙波というか、壬生の末裔にも力を貸した」
そういえば、景之も、以前似たようなことを言っていた。
――正義とか悪とか、そんなに簡単なものじゃない
「ただし、誤算だったのは、壬生の蟲使いの能力が、畑野よりも相当、上回っていたことだ。
生態系への影響が、計り知れないほどに、な」
瑠香は耳に手を当てる。
たしかに私も侮っていた
だから、迷惑かけてしまった
恭介たちにも
パパにも!
「害虫の駆除に、いくら化学薬品を使っても、一時的な効果しかない。薬品もまた、生態系を崩す」
「じゃあ、どうするの?」
「既に手は打ったよ。
蟲使いを封じるには、鳥使いが必要だ」
鳥、使い?
何それ
鷹匠みたいな人?
「ああ、あながち間違いでもないな。おっと、電話だ」
健次郎が誰かと話し始めた。
「分かった。俺も向かいます。武内先生」
健次郎は立ち上がる。
「壬生の放った蚊が、江戸川水域に広がっているそうだ」
「おじいちゃん、武内って人が、鳥使い?」
健次郎は頷く。
「武内宿禰という名は、お前も聞いたことあるだろう。
武内先生は、その一系の、最後の一人だ」
瑠香の記憶がふわりと舞い降りる。
家族で海外赴任先に向かう前のこと。
鳥取県にある神社に、祈祷を受けに行った。
たしか、宇倍神社と言った。
瑠香の苗字と同じ響き。
――ここに祭られている神様は、ウチの家系もお世話になった、偉い人なんだよ
父は言った。
宇倍神社に祀られていたその人こそ
武内宿禰。
健次郎は身支度を整え、瑠香に告げた。
「藤影の息子が、仙波を追っているらしい。
今の息子くんの力だけでは、仙波を倒すことは、到底出来ないだろう」
瑠香が恭介に託したのは、先祖代々に伝わる、虫切の小刀である。
ただし、本来は二本で一組のもの。
手渡せたのは一本だけ。
相手は、あの仙波だ。
恭介!
瑠香は息苦しくなるほど、鼓動が速くなった。




