【第五部】縁 三章 時間の交錯 2
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その夜が明ける頃。
群馬の山に、いくつかの火球が流れたと、SNSが賑わった。
本当に火球なのか?
何かが爆発したのではないのか?
山火事の発生?
画像と共に、次々と拡散されていく内容の真偽に関して、群馬県警及び国土交通省は、ノーコメントを貫いた。
そして早朝五時。
恭介と悠斗は、目的地に着いていた。
首都圏外郭放水路は、世界最大級の地下放水路である。
台風などで河川が増水した時に、洪水を防ぐため貯水槽に水を貯め、江戸川に排水する。
地下にある、巨大な貯水槽には、大きく頑丈な柱が立ち並び、貯水槽全体を指して「地下神殿」と呼ぶこともある。
恭介がこの場所を選定したのは、地下神殿と呼ばれるような、調圧水槽の存在があったからである。
恭介が地底で過ごしていた時に、聖獣は言った。
無理やり、地底の蓋をこじ開け、辿り着いた者がいると。
それはおそらく
仙波である。
仙波もあの地底に入り込み、古今東西の呪術を習得した。
ゆえに恭介は、仙波の行動が、ある程度推測できる。
何回か仙波を迎撃できたのも、そのためである。
当然
仙波も同じであろう。
恭介の行動を読んでいるはずだ。
「なあ、キョウ」
悠斗が声を出す。
「災厄を起こすなら、みんなが寝ている時の方が、簡単なんじゃないか?」
普通に考えればそうであろう。
時折、双眼鏡で放水路の排水口を見つめながら、恭介は答える。
「災厄を起こすだけじゃ、ヤツは多分満足しない。
たくさんの人々に恐怖を与えたい、そう思っている。
ヤツの根底にあるのは、自己顕示欲と承認欲求。
だから、陽が昇る頃、世の中の人たちが動き始める時間。
そこを狙って来るはずだ」
近くの国道に車が増えてきた。
東の空は、雲が流れ、仄明るくなる。
排水口から、いきなり鼠色の煙が吹き出した。
瞬く間に、煙は川幅いっぱいに広がっていく。
それは煙ではない。
無数の蚊の集団だった。
恭介は走り出す。
行く手を阻むように、恭介の全身も蚊の靄に包まれる。
防虫対策はしてきているが、目の前が見えないほどの蚊の密度。
「キョウ!」
後ろから、悠斗が水溶性の防虫剤を撒き続ける。
蚊は塊となって、路上に散る。
恭介の視界が、少し開いた。
放水路の建物の屋上に、人影が見える。
恭介を誘っているかのように、人影はすぐに消えた。
同時刻。
とあるダムの水面に、人が浮かんでいるという通報が消防署に入る。
緊急性と事件性により、警察も出動。
引き上げられた男性の遺体には、身元が特定できる物が、何もなかった。
その遺体に、遠くから手を合わせる老人がいたのだが、誰も注視してはいなかった。




