【第五部】縁 三章 時間の交錯 1
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平野聖子らが、首都圏の水源に向かった深夜。
恭介は最悪の事態を想定し、仙波が次に繰り出す一手への、迎撃準備をしていた。
必要な物品は、悠斗が二輪に積み込んでいる。
侑太からは、畑野景之が山へ行くと言って、出ていったとの連絡があった。
「それと、瑠香さんが、渡したいものがあるそうだ。謹んで、取りに来い」
瑠香は現在、侑太の家で休んでいるという。
明け方に行くと、恭介は答えた。
亜由美から、聖子が病院から去ったという、メッセージが来た。
『友だちが待っているからって』
聖子の友だちとは。
柏内のことだろうか。
だとすれば、聖子もまた、ダムへと向かったのか。
なぜだ。
時計の針は三時を指している。
ここ数日の睡眠不足からか、さすがに眠い。
恭介は机に頭をつけ、軽く目を閉じた。
耳元で女性の朗らかな笑い声がする。
女性が二人、歩いている。
ああ
これは夢だ
薄ぼんやりとした景色を見ながら、恭介は夢を自覚する。
「カッシーは結婚しないの?」
「回峰行に成功したら、考えてみるわ」
祖母と、柏内の若い頃だろうか。
二人の会話は夢とは思えないような、リアリティがある。
無着色の人影が行き来する中で、二人の女性だけは光に包まれている。
「ねえ、私たちの子どもが出来て、また、その子どもが産まれて」
「そうね、孫の世代になった時」
「平和な世界が壊されそうになったら」
「闘うわ。絶対」
「私もよ、カッシー」
二人の女性の顔が、現在の姿に重なる。
『その時が、来たのね』
恭介はハッとして顔を上げる。
荷造りを終えた悠斗が、部屋に戻って来た。
僅か数分の夢。
『私たちの世代は、いつも何かと闘っている』
聖子はそう言った。
今が、その時なのか。
だとすれば、聖子と柏内は!
いきなり恭介のスマホが鳴る。
白井からの電話だ。
「キョ、キョウ!」
「どうした?」
「ばあちゃんが!」
恭介の胸に電流が走る。
「柏内さんが? どうした!」
「さよならって! 夢でさよならって言った!」
恭介の胃が収縮する。
白井は父を叩き起こし、車でダムへ向かうという。
通話を終え、恭介は悠斗に告げた。
「悠斗、計画通り、出発する。最初に侑太の家へ行ってくれ」
侑太の家に着くと、玄関で彼は待ち構えていた。
「これだ。くれぐれも大切に扱うように」
仰々しく、侑太は、長さ三十センチほどの包みを、恭介に手渡した。
「瑠香さんは、『これは片割れ。効果も半分』とおっしゃった。
気をつけろよ、恭介」
「侑太に心配されるようじゃ、おしまいだな」
悠斗が言う。
「うっせーよ。お前もこけるなよ」
夜明けが近い。
恭介と悠斗は、改めて出発した。
行先は、首都圏で、水害を軽減することを目的とした治水施設。
首都圏外郭放水路である。




