【第五部】縁 二章 突き抜けたその先 9
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恭介がホールの隅でピアノを奏でている間、悠斗と侑太は他の生徒会役員と共に、会場で警備にあたっていた。
白井は、講演会直前に、祖母から来たメッセージを受け、控室で待機。
綿貫は恭介の指示で、それが発生した時のため、座席の最前列に座っていた。
平野聖子の講演は佳境を迎える。
「たとえ遠く離れていても、子を思わない親はいません。
次の世代、またその次の世代、子々孫々の幸せを願わない大人はおりません。
もし、願わない大人がいるとしたら、心のどこかに暗闇を抱えている人です。
私は未来の子どもたちの幸せを願うとともに、人々の心も晴れていくようなお手伝いをしていきたい、そう思っています」
心の闇か。
創介は思う。
子どもの幸せを、願うことが出来なかった自分の、狭量を。
それもまた、闇か。
他人からは成功者として、もてはやされていた己の、越えられなかった壁の色。
人生には、取り返しのつかないことが、あるという実感の色だ。
せめて
今なら間に合うか。
母に伝えられるだろうか。
母さん
俺は
元気です
その時、会場は拍手で包まれた。
スタンディングオベーション。
創介も立ち上がる。
サングラスをはずした創介の目に写ったのは、老いた母の笑顔。
そして、その顔を目掛けて飛んで行く、数本の白い物体。
瞬時に創介は理解する。
あれは、刃だ!
理解と同時に、創介は走りだした。
自分が叫んでいることにも気付かぬままに。
創介が後方から走りだすと同時に、会場に紛れ込んでいた刺客たちは、悠斗や侑太たちにより捕らえられた。
投げられた刃は、聖子の体を貫く前に、何かに弾かれるように床に落ちた。
六本の刃は、硬質プラスチック製のナイフのようであった。
恭介があらかじめ白井に依頼したのは、物理的な攻撃の防御。
すなわち、香弥子との戦いで、爆風も防いだ白井の結界。
蟲への対策を強化した時に、物理攻撃が展開されるであろうことを、恭介は予想していた。
白井のもとには、柏内からもメッセージが届いていた。
「聖子ちゃんを、守って」
刃が落ちた瞬間、クラッカーが鳴り、真っ白い花びらが壇上に降り注がれた。
ざわめく会場に放送が流れる。
「素晴らしい講演に感謝を込めて、サプライズの演出を行いました。皆様、ご来場、ありがとうございました」
クラッカーを鳴らし、花を撒いたのは、綿貫である。
不測の事態が発生したら、そうするように指示されていた。
花びらが降る中、創介は会場の最前列に辿り着く。
見上げた創介と壇上の聖子は、互いに視線が結ばれた。
トン
創介の足に、いきなり重力がのしかかる。
会場の何れかから、投げられた七本目。
最後の魔弾。
創介の腰に、突起が出来ていた。
そのまま創介は壇上に上がり、聖子の手を取る。
駆け寄った亜由美は二人の手を支え、幕は降りた。
聖子と手を握り合った創介の体が崩れたのは、幕が下りるのと同時であった。
亜由美の悲鳴で、恭介が駆けつける。
会場警備にあたっていた、悠斗や侑太も壇上に昇る。
恭介は、聖子に抱きかかえられるように、床に座った創介を見た。
創介の足元には黒い水たまりが広がっていた。
立ちすくむ恭介の肩を、悠斗がそっと押す。
創介は顔を上げ、そこに立つ息子の姿を認めた。
闇が
晴れていく。
創介は、ほんの少し微笑んで、恭介に向かって手を伸ばした。
その手を恭介がつかむまえに、創介の頭は、がくり、落ちた。




