【第五部】縁 二章 突き抜けたその先 7
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講演会当日の朝、恭介らが準備のため走り回っている頃。
瑠香の枕元には、畑野景之の姿があった。
あの日。
同盟国から借用した小型ヘリにより、景之は瑠香を救いだした。
救い出したのは良いが、瑠香の目や耳、鼻、口からは、黒色の血が流れ出ていた。
体内に侵入した寄生虫を排除する、瑠香の肉体の防衛反応である。
しかし瑠香の能力を持ってしても、体内に広がっていく蟲のスピードに追いつかない。
仙波が放った蟲の量は、瑠香や景之の想定を、遥かに越えていたのだ。
何より厄介だったのは、音波によって耳腔に誘導されたものたち。
それらは聴覚神経を経由し、脳と脳内ホルモンを支配する。
薬物による脳支配よりも強烈な、逃れようのない隷属を生む。
これが仙波の
いや壬生家代々に伝わる力。
傀儡人形を作りだす、蟲使役の方法だった。
景之は以前より、仙波が繰り出す蟲への、防御を研究していた。
仙波の能力が、日本に敵対する国に利用されたら、この島国が丸ごと、他国に従属しかねない。
大学の研究室や、宇宙開発の研究所にも資金を提供した。
その結果、仙波の蟲類は、ある種の匂いと音階に、走性が判明した。
それが柑橘系の香り
いくつかの交響曲
今回、瑠香がそうされたように、景之にも仙波の手が伸びていた。
曰く、言うことを拒めば、瑠香の家族が亡くなった事件の裏側を、世間に公表する。
更に
瑠香の安全は保証できないと。
瑠香の所在確認はすぐに取れていた。
現在でも、瑠香の安否と行動は、内調の監視下に置かれている。
ヘリの手配と攻撃許可に、時間がかかった。
同盟国も、その国の中で散発的に発生する、傀儡化されたと思われる人間が起こす事件の調査を行い、既に動き出していた。
「瑠香たん…」
景之は瑠香の髪をゆっくりと指で梳く。
「ごめんね」
閉じた瞼の縁から、瑠香の涙が流れた。
透明な滴だった。
ホールでは、聖子の講演が続いていた。
「今でこそ、こうやって皆さまの前で、お話しをさせていただくようになりましたけれど、私は人生に絶望して、死のうとしたことがあるのです」
会場はざわっとする。
後方の席の創介の心中が、漏れたような音だった。
「理由はたくさんありましたが、一番辛く苦しかったのは、我が子を手放したことでした」
手放した、だと?
藤影の家に、押し付けたのではなかったのか。
創介の養母はそう言った。
産みの母親から、捨てられたのだと。
それは呪いの言葉
「お前は実の母親から、愛されていなかった」
呪いは次世代まで波及した。
母から愛されなかった男が、自分の息子を愛せるはずがない。
優しく抱きしめるなど、出来はしない。
「死のうと思った私は、どこかの海岸線を、ずっとずっと歩いていました。
月の綺麗な晩でした。
海の彼方に、蓬莱があるという伝説が残っている土地でした。
そこで私は見たのです。
海の力を。
自然の神秘を」




