【第五部】縁 二章 突き抜けたその先 3
3
藤影薬品幹部会の議決で、藤影創介の退任請求が決議された。
次の総会で可決されれば、創介の手から経営権が移る。
いつの間にか、最大株主になっていた畑野健次郎に。
そして、TOBを仕掛けてきた健次郎の腹心は、仙波であった。
ここまでは、創介の想定範囲である。
仙波が創介の元にやってきた時は、健次郎の遠い親戚という触れ込みだったのだ。
仙波は確かに優秀な男である。
ただ時折、創介が気配を感じて振り返ると、仙波の射るような視線とぶつかった。
錐のような目つきだった。
何より
息子、恭介の存在が、どうにも鬱陶しく感じるようになった頃、DNA鑑定を持ち掛けてきたのは仙波だ。
結果、恭介との親子関係が否定され、陰鬱な感情のはけ口が見当たらない創介に対し、仙波は言った。
「海の事故というものは、たとえ死体が見つからなくても、死亡扱いになるのですよ」
それがオーストラリア沖での、海難事故の引き金となった。
幹部会が終わり、健次郎の名代として参加していた仙波が創介に挨拶に来た。
「お世話になりました、社長」
気のせいか、室内の光線のせいか、仙波の顔色は青黒かった。
「餞別代わりに置いていきます」
創介の前に封筒を置き、仙波は去った。
中身を見た創介は、笑った。
創介には、後悔も遺憾も哀惜もない。
ただ、乾いた笑いだった。
封筒の中には黄ばんだ一枚の紙。
それは、だいぶ昔の検査の結果。
DNA鑑定の結果、藤影創介と恭介の、親子確率は99.999999パーセント。
笑いすぎた創介の目に、涙が浮かんだ。
それは、ぽたぽたと机に落ちた。
久しぶりに泣いた。
いつ以来だろう。
そういえば、亜由美が聖子を招聘するとか言っていた。
会いにいってみるか。
きっと、これが最後だろうから。
一方狩野学園では、平野聖子の講演会を控え、校内での準備が進んでいた。
聖子が取り組んでいるという、地球温暖化防止や持続可能な社会構築について、生徒らはポスター作成して貼りだした。
生徒会のメンバーは、聖子にインタビューを行い、SNSで発信した。
講演会当日は、報道関係も多数、来校する。
そんな時、恭介の元に、健次郎から久しぶりにメッセージが届いた。
「宣戦布告終了。あとは君次第」
なるほど
藤影創介の社長退任要求を健次郎は突きつけたのだ。
おそらく、先陣を切るのは仙波であろう。
そうなると、やはり恭介の胸の内に、懸念と不安が生じる。
平野聖子はカナダはもとよりその活動が世界で認められ、英国王室からも表彰されているそうだ。
何か問題が起こったら、一学園だけで責任を負えるものではない。
「国際問題だな」
恭介のつぶやきが、悠斗にも聞こえていた。
悠斗は恭介の肩を軽く叩く。
何も言わず、恭介と悠斗は、夕焼けを見つめた。
二人が見つめる空は、鈍い柿色だった。




