【第五部】縁 二章 突き抜けたその先 2
2
三人を乗せたタクシーは、そのまま新堂陽介の屋敷へと着いた。
門まで出迎えた陽介は、母、聖子と抱き合って泣いていた。
陽介を支えるように立つ侑太は
「ケガして頭打って、親父は涙もろくなった」
と揶揄したが、本人の目にも、光るものがあった。
聖子は長旅で疲れているであろうと、恭介と亜由美は、そのまま帰ることにした。
「恭介と二人で出歩くの、夢だったわ。夕ご飯、一緒に食べましょう」
成田から乗ってきたタクシーに、再び杉並の方まで運んでもらった。
二人は亜由美が学生時代によく通ったという、レストランに入る。
恭介も亜由美に聞きたいことがあったので、丁度良い機会だ。
「なぜ、お祖母さんは藤影姓じゃないの? 離婚?」
一番の疑問はそこだった。
亜由美は少し困った顔をした。
このところ、花壇の整備をよく手伝ってくれる悠斗が、作業中、苦笑しながら言っていた。
「アイツ、恭介の精神年齢は、小学生のままですよ」
小学生のメンタルで、ついてこられる話だろうか。
いや、いつまでも子ども扱いするのは、恭介のためにも良くないことだ。
「離婚では、ないのよ。
そもそも聖子さんは、藤影のお祖父さまと、結婚はしてなかったの」
それは
どういうことだ?
恭介が浮かべた疑問符の表情に、亜由美も苦笑した。
あなたの言った通りね、悠斗くん。
「聖子さんは、藤影のお祖父さまと結婚しないまま、創介さんと陽介さんを産んだわ。
なぜなら、藤影のお祖父さまには、既に奥様がいらしたから」
婚外出産?
愛人
という存在だったのか
お祖母さんは。
飲み込んだ前菜のクレソンが、苦い。
亜由美の話では、跡取りを欲した藤影家は、強引に創介と陽介を引き取った。
創介が、小学五年生。
陽介はまだ、一年生だった。
「どういう話になっていたのか分からないけれど、創介さんは、聖子さんに捨てられた、そうずっとずっと思っていたみたいね。
今も」
言われてみればのレベルではあるが、恭介には覚えがある。
小学部時代、よく熱を出して寝込んでいた恭介に、父は吐き捨てるように言った。
「お前は幸せだな。看病してくれる母親が、いるのだから」
怖い父であったが、そのセリフには哀感があった。
「母さんは、聖子さんに会ったことあるの?」
「昔ね。創介さんとの結婚が決まった時。私から会いにいったわ」
メインデッシュが運ばれてきた。
フィレ肉のステーキだ。
付け合わせに、焼き色のついたトマト。
「ねえ、恭介知ってた? 創介さん、トマト嫌いなの」
いや
全然知らない。
知らないことが多すぎる。
いまだもって、分からないことが多すぎる。
どうする
これから
何をすればいい。
食後のコーヒーを飲みながら、新着メッセージに目を通すと、
「共犯者、やーーめた」
の一文が見えた。
瑠香からだった。
恭介は安堵する。
現在、ただ一つ、分かっていること。
敵は存在する。
でも、
一人で戦うわけじゃない。




