【第一部】絶望 二章 地上と地底 9
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それは、恭介にかけられた生命保険のことだった。
日本の生命保険は、年齢によって上限額が決められている。
通常、十五歳未満の死亡保険額は一千万が上限であるが、藤影恭介に対しては、死亡時確定時、一億円以上が支払われているらしい。
海外の語学研修参加が特別に考慮されたことと、保護者の高い収入や借財状況により、破格の契約が成立したのだという。
島内は、保険調査員の知り合いから、漏れ伝わる業界の噂として聞き出した。ただし、当時の保険会社は、恭介の保険金支払いが済んだ頃、海外の大手同業に吸収されたため、詳細をたどることが困難になっている。
「一人だけ、その時の保険会社の関係者を見つけたよ。明日、会う予定だ」
俺も会ってみたいという悠斗を、島内は押しとどめた。
「金がらみの話だ。君には早い」
ところで、と島内は言う。
恭介の保険契約は、語学研修の一年前だったことは分かっている。恭介や悠斗が十歳の頃、藤影の家に、何かあったのだろうか。
「俺も詳しくは知らないです。ただ…」
恭介が喜怒哀楽の感情を、まったくといって良いほど見せなくなったのも、たしか同じ頃だったと、悠斗は記憶していた。
悠斗は、夕方の六時過ぎに島内の事務所を出た。
悠斗の母は、女手一人で悠斗を育てている。
夕食を作るのは彼の役目だった。
悠斗のスマホが震えた。
悠斗の母が、勤務先で倒れたという連絡だった。
島内は、藤影グループの汚点とも言って良い事故についても、ひそかに調べ続けていた。
背景には、島内個人の問題があるため、中学生の悠斗には言っていない。
悠斗を見るたびに、せめて君だけは、真っすぐ歩いていって欲しいと、心中深く思う。
悠斗くらいの年には、あいつも、輝く瞳で、将来の夢を語っていた。
最後に会った時には、やつれ果て、人間の思考も奪われて、ただただ吠えていた。
島内の、たった一人の弟。
そして、藤影薬品創薬研究部の主任研究員だった男。
いまわの際にあいつは叫んだ。
「悪魔の薬!」
藤影創介の息子が外国で水難事故と聞き、島内が真っ先に感じたのは「謀殺」だった。




