【第五部】縁 一章 流れる翳り 10
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放課後、教室に残った恭介は、刑法の判例集を読んでいた。
専門用語と特有の言い回しで、読みやすいものとは言えない。
とはいえ、瑠香が残したメッセージの『刑集66巻11号1281』を何度か繰り返し、恭介なりに理解した。
その判例は、あとから共犯者になったものの罪は、先に犯罪を行ったものとは違うという内容であった。
共犯者…
おそらく瑠香は、仙波の元についたのであろう。
敵になったのか。
なかなか手強い。
白井と綿貫がやって来た。
「生徒会室へ集合って、会長からの伝言」
「わかった」
生徒会室へ向かう途中、独り言のように綿貫が言う。
「瑠香さん、どうしてるのかな」
「そのうちきっと、帰ってくるよ。
俺は心配してない」
恭介は、敢えて明るく言った。
自身への宣言でもあった。
生徒会室には、侑太と二年生の役員たち。
ちらほら見覚えのある顔もいる。
悠斗は先に来て、紅茶の準備をしていた。
「ようこそ外部生の皆さん。今日は我が学園の理事長の、心温まる差し入れだ。有難く頂戴しよう」
侑太は失くした片目に、黒い眼帯を当てていた。
どこかの海賊みたいだと、恭介は思った。
それにしても
テーブルに並べられた数々のお菓子。
亜由美の手作りだ。
懐かしい。
恭介がクッキーを一枚摘まみ、口に入れようとした瞬間、過去の記憶が翻る。
あれは
小学部に入る前。
庭には菊が咲いていた。
今と同じくらいの季節だ。
七五三のお宮参りと、親子三人での写真撮影。
テーブルには、母の焼いた菓子が並んでいた。
珍しく亜由美が父に強い口調で言った。
両親の小さな諍い。
――お義母さんだって、孫の顔くらい見たいはずよ
――必要ない。連絡を取る気も、俺はない
おかあさん
お義母さん?
父にとっての、母のことか。
まてよ
祖父の膝に抱かれていた覚えはあるが、父方の祖母の記憶がない。
祖母は死んだ。
そう聞かされていた。
結局、機嫌が悪くなった父が、テーブルを叩いて出て行った。
皿からこぼれ落ちた焼き菓子が、二つに割れていた。
「何ぼーっとしてんだよ」
侑太に背中を叩かれた。
あ、俺の祖母ってことは
「侑太、藤影の、陽介叔父さんのお母さんって人、知ってる?」
当然、侑太の祖母でもある。
「あれ、お前、知らなかった? 祖母さん、今カナダに住んでるけど。来週、ウチの学園にやって来るぞ」
会うのは俺も初めてだ、そう侑太は告げた。
瑠香は見晴らしのいいホテルの一室で、日がな一日ゴロゴロ過ごしていた。
みんな
心配してるだろうな
スマホを取り上げられる前に、レポートの課題を友人に頼みたいとゴネて、なんとか綿貫にメッセージを送った。
恭介にも伝わるであろうと。
判例集の番号にしたが、恭介なら、読み解いてくれるだろう。
そして、瑠香の立ち位置も分かるはずだ。
いろいろ面倒くさい。
自分の血筋も。
畑野の家系も。
「いっそ、もう、死んじゃおっかなあ」
「それは困りますね、宗主様」
仙波がいつの間にか部屋にいた。
「あなたは、あなたの真の力をまだ知らない」
そう言って、仙波は瑠香の隣に腰を下ろす。
そういえばコイツ、恭介の親戚の男の体、乗っ取ったんだっけ。
よくやったよな、アレ禁呪だぞ。
間近で見ると、顔の造りは恭介に近い。
年齢不詳、性別すら不詳だが、イケメンの部類であろう。
「その力を、開放していただきたくてね」
仙波は瑠香を強引に抱き寄せ、唇を重ねた。




