【第五部】縁 一章 流れる翳り 7
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狩野学園の秋は、彩が豊かになっていた。
花壇には、コスモス、竜胆、百日草。
金木犀も香りを注ぐ。
長らく放置されていた池の水は澄みわたり、水草の周りを金魚が泳ぐ。
屋外のプールは改修工事のため、しばらくの間、水を抜き、排水溝は閉ざされた。
校舎は、バリアフリー化の工事が終了し、放送用のスピーカーが増設された。
屋上は、野鳥を避けるためなのか、ネットに囲まれた。
「こんなもんか?」
ある日の午後、侑太が恭介に聞いた。
侑太は生徒会長として、学園法人とPTAに、環境整備の希望を出していた。
無論、原案の殆どは、恭介が書いた。
「まあ、完璧じゃないだろうけど。前よりは、ずっと良い」
言葉少なに恭介は答えた。
どこまでやっても、悪意を持って侵襲してくる者たちを、迎撃できるか分からない。
こんな時こそ、経験のある誰かに相談したいと思う。
その相手が、今はいない。
「ああ、そうだ、恭介。親父が話したいことあるって言ってたぞ」
「陽介叔父さんが?」
そういえば、危篤状態の時にお見舞いに行ってから、会っていなかったことを恭介は思い出す。
恭介は侑太に連れられて、何年ぶりになるのか、侑太の自宅へ行くことになった。
帰りがけ、悠斗にそのことを伝えると、いつも以上に悠斗は心配した。
「何かあったら、すぐに連絡しろ」
「ああ」
侑太の家に着くと、玄関前で陽介が出迎えた。
相変わらず杖をついているが、顔色は良く、体もふっくらしていた。
「大きくなったなあ」
恭介の肩をぽんぽんと叩き、感慨深げに陽介は言う。
「いや、そうは言っても、俺よりチビでしょ」
侑太は相変わらず口が悪いが、三和土を上がる陽介の腰を、そっと支えていた。
「忙しいところ悪かったね」
そう言いながら、陽介は書類の入った封筒を恭介に差し出した。
「実は、私は自社の株主管理もやっている。経営は長らく、妻に任せていたが」
案内された部屋は、陽介の書斎である。
壁一面の本棚には、古今東西の書物がぎっしりと並んでいた。
哲学や歴史書が多かった。
「今年の六月はウチの半期決算月だが、それ以降の株主の顔ぶれが、だいぶ変わってきたのだよ」
陽介の会社は藤影薬品の子会社だが、経営の問題は特にない。
ただ、藤影創介が理事長を務めていた狩野学園の醜聞により、本社の株価は一時下がった。
それは恭介も既知である。
父、創介に戦いを挑むために、藤影の株を集めていたからだ。
「そこで、ウチの株を新たに取得した面々の、素性を調べた。皆、同じ投資会社の社員だったよ」
ただし、と陽介は言う。
「妻が亡くなったため、彼女が保有していた株を、私が受けついだ。よって私が保有する自社株比率は七割を越えている。多少のことでは経営権はゆるがない。だが」
日暮れの時間、どこかでカラスが鳴いている。
「本社は違う。
兄の、創介の持ち株比率は、おそらく四割を切る。
子会社に仕掛けたことを、本社にもやっていたら」
「経営権が、藤影創介から誰かに移る、ということですね、おじさん」
「その通りだ」
「仕掛けてきた投資会社とは?」
「ファンドHT。代表は、畑野健次郎。
畑野が仕掛けたきたのなら、藤影に、勝ち目はない」




