【第五部】縁 一章 流れる翳り 6
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フリーライターの島内は、珍しい相手から連絡をもらった。
だいぶ昔、一緒に仕事をした男だ。
早期退職をしたというハガキが、何年か前に届いていた。
新橋で落ちあい、飲み屋に入る。
「久しぶりですね、石塚さん」
軽く乾杯して焼き鳥をつまむ。
「ちょっと島ちゃんに聞きたいことあってさ。忙しいとこ、すまんね」
馴れ馴れしい石塚の喋り方は、昔のままだった。
「石塚さんのトレーディングに、影響する内容ですか?」
「そうそう、それそれ。気になる会社があってね、何か知らないかと思ってさ」
石塚は焼酎の追加を頼み、口を濡らしてから、島内に尋ねる。
「気になる会社っていうのは、藤影薬品さん。君の弟さん、藤影の社員だったよね」
石塚の目が粘着性を帯びた。
これも昔のままか。
「何が気になるんですか、藤影の」
「まさかと思うが、経営陣の交代劇、
とか聞いてない?」
島内は内心驚いていた。
夏に、畑野健次郎が同じことを言っていた。
秋には、藤影薬品の内部が揉めるであろう。
最悪は
社長の解任。
石塚の人間性はともかく、相場を読む嗅覚は鋭いようだ。
少しばかり、話に付き合うことにする。
「なぜそんな情報を? まさか石塚さんの『トレンドを読み解く力』ですか」
トレンドを読み解け
石塚の昔の口癖である。
島内の一言に気を良くしたのか、石塚はぺらぺらと推論を語った。
「夏前にさあ、藤影社長の学校、不祥事が続いたじゃない。その影響で、藤影薬品の株価、値がぐっと下がったのよ。
俺は手放す気はなかったけど、藤影の株を買い集めているどっかのグループが、高値で買い取ると、あちこちに声かけててね」
なるほど。
咽喉を通る酒は、苦さだけ残る。
「しかしまあ、経営権を獲るために、その会社のイメージダウンを図って、株価を操作し、大量取得なんてさ、
中小の乗っ取りならまだしも、世界規模で展開する大企業に、それやっちゃう力があるといったら、
俺は、あの人しか知らんね」
「あの人とは?」
「通称、はたけん。
畑野健次郎」
島内は石塚を真正面から見つめて言う。
「石塚さん。悪いことは言わない。藤影にはそれ以上、踏み込まない方がいい
あんたがたまに書いている、株でのもうけ話のブログにも、藤影のことは、絶対載せない方がいい!」
石塚の目が丸くなる。
「俺が淫行で捕まったこと、知ってるでしょう。
あれは冤罪だ」
「まさか、島ちゃん、それって」
「俺が、長年藤影追っていることも、知ってますよね、石塚さん」
店を出た島内は、畑野健次郎とその孫の瑠香に、それぞれメッセージを送った。
『至急、話がしたい』
しかし、二人とも、いつまでも既読がつかなかった。
深まっていく秋の夜風は冷たい。
石塚が、自宅で自殺したと報じられたのは、それから間もなくである。




