【第五部】縁 一章 流れる翳り 4
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侑太と恭介は話を続けている。
白井は二人の会話を聞いていて、生徒会長の侑太は、相当頭が切れる人物だと感じた。
恭介とは違う、頭脳の使い方をしていると。
そんな感想を悠斗に小声で伝えると、悠斗は言った。
「悪巧みばかりしてたからな、侑太」
そして、確かにバカじゃない、と付け加えた。
「香弥子、そして仙波は虫使いだ。互いに、使役出来る虫の種類は違うそうだが」
「何の虫を使って、災厄を起こすつもりだ?」
恭介が尋ねた。
「あくまで俺の推測だが… 恭介、世界三大感染症って何だか知ってるか?」
「エイズと結核、あと、何だっけ」
「マラリアだ」
まさか
「まさか! マラリアをばらまくのか」
マラリアは、マラリア原虫を身の内に持つ、蚊に刺されることで感染する。
「そう、マラリア原虫も寄生虫だ。いかにも香弥子が使いそうだろ?」
香弥子の生まれた島の風土病も、マラリアと似たタイプだったそうだ。
恭介の背中を悪寒が流れる。
「夏頃だったかな。香弥子が俺に、秋からは蚊に刺されるなと言ってたよ。学園内のプール使って、蚊を増殖させる予定だったとさ」
白井が「あっ」と声を出す。
「か、会長が朝、除虫菊植えたのって」
「じょちゅう? あの白い菊?」
「よく気が付いたね、白井君。シロバナムシヨケギクは、蚊取り線香の材料だ」
「なんだ侑太、お前、白井にだけは優しいな」
悠斗が言うと、侑太はにやりと笑った。
「そりゃあそうだよ。だって今話したこと、厚労省の白井さんにも言ったもん。
俺の違法薬物の件、チャラにしてもらう条件で」
こんなところは昔のままだ、と恭介は思った。
「明日あたり、ウチの学校にも防虫しようキャンペーンのチラシが届くぞ。
厚労省と文科省の連名でな」
男子高校生たちが、生徒会室で会合している頃。
都心のオープンカフェで、一人の女性が分厚い本を読んでいた。
長い黒髪が風に揺れ、時折、頁を遮る。
彼女が髪をかき上げると、目の前の椅子に男性が座っていた。
名前は知らないが見た顔だ。
「何の用だ」
女性は本を閉じ、尋ねた。
「お迎えにあがりました。宗主様」
女性は片方の眉を上げる。
「その名で呼ぶなと言ったはずだ」
「はっ。失礼いたしました。畑野、いえ、宇部瑠香様」
「今更、お前たちに迎えられるなど、迷惑千万」
明らかに不機嫌な表情の瑠香に男は語る。
「新堂香弥子の件では、大変失礼いたしました。
しかしながら、今後の計画は、すべて壬生直々に手掛けます。
ひいては、宇部様のお力が、どうしても必要となりますゆえ」
瑠香は鼻で笑う。
「くだらんことを」
「例えくだらない計画であっても、当主の悲願。
ご助力いただけない場合は、しかるべき措置を取らせていただきます」
「脅しか」
「あなた様も、もう一度、御父上のご臨終の場に、立ち会われたくはないでしょう」
強い風が、本の頁をぱらぱらと捲った。




