【第五部】縁 一章 流れる翳り 3
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放課後、恭介が白井を伴って生徒会室に入ると、侑太が机を拭いていた。
恭介は軽く驚いた。
小学部時代、侑太が清掃を行っている姿など、一度たりとも見たことがなかった。
「あ、こ、こんにちは」
白井がおずおずと挨拶する。
「ああ、いらっしゃい。まあ、その辺座ってくれ。お茶でも淹れるから」
侑太の科白に驚愕し、恭介は固まった。
お茶を淹れる?
侑太が?
「やめとけ、やめとけ、お前がお茶淹れたりしたら、雨降るぞ」
恭介の内心を言葉に替えて、悠斗が来た。
「ちぇっ。ひどいな悠斗。じゃ、お前淹れてくれ」
侑太に促され、三人は椅子に座る。
「まずは、君、白井君だよね」
白井に向かって、侑太は頭を下げた。
「あん時は済まなかった。迷惑かけた!」
あたふたする白井。
「今更こんなこと言うのも、どうかと思うが、君の彼女には指一本触れてない。安心してくれ」
白井もつられて、頭を何度も上げ下げした。
変わったな、コイツ
恭介はそう思った。
「お前、ホントに侑太か? マジ人格変わってんじゃん」
悠斗が挑発するように言うと、侑太は笑いながら答えた。
「目玉一つ失くした代わりに、俺の中のダークな部分を焼いてもらったからな。
うさぎと、亀に」
「何だ、その、中二病臭い話」
うさぎと亀!
ああ、そうか
また、助けてくれたんだ
俺だけじゃなく、侑太のことも
「で、本題だ。お前ら、『悪魔の呪い歌』って絵本、知ってるか?」
「本屋で見たよ」
恭介が言うと、侑太は「中身は?」と聞いてくる。
「いや」
「俺は入院中暇だったからな、動画サイトで、さわりだけ聴いた。
結構キモい」
そう言って侑太は、三人にコピー用紙を配った。
「俺がパソコンでプリントアウトしたんだが、
内容は、まんま『ヨハネの黙示録』だ」
「黙示録って、予言の書って言われてるヤツ?」
「白井君、よく知ってるね。丁度俺らがガキの頃、世紀末が来るとか、世界は滅ぶとか騒がれたが、元ネタは黙示録だよ」
悪魔の呪い歌
使徒が、ラッパを吹く。
星が一つ落ちて来て、底が見えないほどの穴が開く。
穴からは煙が立ちのぼり、空は暗くなる。
立ちのぼる煙から、毒を持ったイナゴが地上に出て来る。
イナゴは、恩寵の印がない人たちに毒を与える。
ただしイナゴは、殺しはしない。
五か月のあいだ人間を苦しめる。
イナゴの与える苦痛は、さそりに刺されるような苦痛。
痛くても苦しくても、人は死ねない。
たとえ死を願ったとしても。
「これの何がヤバいんだ? 侑太。
確かに、人を暗い気分にさせる歌詞だけど」
「相変わらずトロいな恭介。この歌詞の一部、もう実際に起こってるだろ?」
恭介が、ハッとして読み返す。
「星が落ちた」とは、香弥子が亡くなったことだろう。
体育館の床には大きな穴が開いて、煙が立ち昇った。
では、イナゴとは、何を指す?
毒なのか、疾患なのか、それとも…
「イナゴが出てくるのは、きっとこれからだ。ああ、本物のイナゴじゃない。
イナゴは何かの『蟲』を指してる」




