【第一部】絶望 二章 地上と地底 8
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藤影恭介が行方不明になり、死亡宣告を受け、彼の同級生らが中学部に進学してから、早三年。
狩野学園中学部は、有力な四人の生徒によって動かされていた。
支配されていた、といっても過言ではない。
筆頭は、生徒会長の藤影侑太。
入学と同時に藤影の姓を名乗り、一年生の秋には会長に選出された。
養父、藤影創介が、学園の理事長という七光りもあったが、本人のカリスマ性もたいしたもので、彼の演説には、生徒のみならず、教師ですら心酔した。
侑太の片腕と言われるナンバーツーは、戸賀崎翼。
侑太ほど、弁がたつタイプではないが、緻密な計画性と計算力で、生徒会の運営を支えている。
戸賀崎は二年生のときに、全国科学コンクールで最優秀賞を受賞した。
中学生での受賞は快挙であり、天才科学少年と評された。
原沢廉也は、陸上の中・短距離で、中学の記録をすべて塗りかえただけでなく、ジュニアオリンピックで堂々の金メダル。
生徒会では風紀委員長として睨みをきかせていた。
牧江里菜は、その美貌に一層磨きがかかり、しばしば読者モデルをつとめている。
最近では、コスプレイヤー・りなリンとしても有名になってきた。
生徒会の催し物では、司会をかって出ている。
彼らはいつしか「狩野の四天王」と呼ばれていた。
ただし、それは表向きの呼び名である。
「四天王とはまた、だいぶ古めかしい呼び方だな」
新堂悠斗は、フリーライター島内の事務所にいた。
事務所といっても、雑居ビルの狭い一室である。小さなテーブルの上にノートパソコン一つ。パイプ椅子二脚だけの殺風景な空間である。
悠斗はここ一年以上、島内と恭介の事故について情報交換をしていた。
「陰では、『四人の悪魔』とか、『死天王』とか言われてます」
実際、侑太を頂点として、スクールカーストを固定化した四人とその取り巻きたちは、肩で風を切って校内を闊歩し、成績が劣るものや運動能力にかけるもの、見た目が地味なものを嘲り、イジリ倒し、どんどん日陰に追いやっていく。
もちろん、苦々しく思っている生徒も少なからず存在する。
面と向かって抗議した生徒や保護者もいた。
しかし…
「藤影恭介君の事故について、調べていくと、必ず壁にぶちあたる」
調査を始めて半年たった頃、島内がため息をついた。
似たようなことが、狩野学園の内部でも起こっている。
四人に逆らった生徒や、苦言を呈した教員が、いつの間にかいなくなる。
その行先を知ろうとしても、濃い霧に包まれたように、追跡できなくなるのだ。
「君は大丈夫なのか? 悠斗君」
悠斗の口元のカットバンを見たのか、島内が心配そうに聞く。
「昨日、原沢に殴られました」
悠斗は軽く笑って答えた。ワイシャツのボタンを一つはずしていたら、原沢に呼び止められ、問答無用に殴られた。
空手の段持ちである悠斗が、殴り返せないことを知っている原沢は、しばしば悠斗に手を出してきていた。
「無理はしないでくれ、決して」
島内の声は、悠斗の父の声に似ている。父が生きていれば、島内と同じくらいの年齢になっているだろうか。
本音を言えば、悠斗も今の学園中学部を辞めて、公立に転校したい。
ただ、いつか絶対、恭介が帰って来た日に、狩野学園で出迎えたいという思いが捨てきれない。
もしも自分がその思いを捨てたら、恭介の死を受け入れたことになる。それが怖い。
「ところで今日君を呼んだのは、事故の背景につながるかもしれない、証拠を一つみつけたからだ」




