【第五部】縁 一章 流れる翳り 2
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藤影創介が自社の診療所を訪れていた頃。
その息子と妻は、校庭の片隅に並んで、作業をしていた。
恭介が登校すると、校庭の花壇を掘り返している人がいた。
シルバーのボランティアさんかと思ったが、よく見ると、麦わら帽子を被った母であった。
恭介は近づき声をかける。
「何をされているんですか、理事長」
亜由美は恭介に気付き、にっこり笑う。
「花壇が寂しいから、新しいお花を植えるの」
ああ
亜由美は花が好きだった。
恭介の生まれ育った家も、そこここに花が揺れていた。
土まみれになった軍手で汗を拭う亜由美を見て、恭介も花壇の縁に座る。
「お手伝いしますよ、理事長」
二人で土を掘り、入れ替えていると、あとから登校してきた悠斗と白井が、それぞれやって来て一緒に手伝いを始めた。
亜由美の横にある苗を見て、悠斗が尋ねる。
「何を植えるんですか?」
亜由美は笑顔で答えた。
「菊をたくさん!」
ぎゃっと白井が叫ぶ。
「どうした?」
恭介が白井の手元を見ると、地中から芋虫が這いずり出ていた。
「驚かせてごめん。体育館炎上の時、いろいろ見ちゃって、俺、もともと虫苦手だし」
横からすーっと伸びた手が、芋虫を掴んで、ぽっいっと捨てる。
「土いじりしていると、出てきちゃうわね」
亜由美は何事もなかったように、作業を続ける。
「なんか、理事長ってスゴイな、キョウ」
白井の感嘆に恭介も同意した。
「朝っぱらから、小せえことやってるな、庶民の皆さん」
四人の背後から、知っている声がする。
「えっ」
恭介が振り返ると、侑太がこちらを見下ろしていた。
「あら、侑太君。登校許可出たのね」
亜由美が立ち上がり、侑太の手を握った。
悠斗は振り返ることもしない。
白井は恐る恐る侑太に顔を向けた。
夏のあの夜見た時より、だいぶ痩せたみたいだ。
顔や手に、まだ少しガーゼが残っていた。
「おはようございます、理事長。お世話になったお礼です」
侑太は傍らのカートから、既に蕾をつけている苗床を、亜由美に渡した。
「あら嬉しいわ。白菊かしら」
「はい。理事長は菊とバラがお好きでしたよね」
白井は小声で悠斗に話しかける。
「なあ、あの人、生徒会長だよな」
「ああ」
悠斗は不愛想に答える。
白井は夏、綿貫を巻き込んでしまった、体育館事件の記憶が鮮明である。
白井自身の命も危なかった。
「わ、綿貫さんとか瑠香さんとか、悠斗やキョウまで迷惑かけたこと、忘れたのかな」
悠斗は手を動かしながら、言う。
「死にかけて、忘れたんじゃね」
先日、雨のなかで、侑太が恭介と悠斗に頭を下げたことは、そういえば白井には言ってなかった。
侑太は以前と変わらないような態度で、にこやかに亜由美と話している。
「シロバナムシヨケギクっていう名前ですよ」
まあ、もとから上の者には愛想が良かった奴。
それに、いっときとはいえ、藤影家の養子になっていたから、亜由美のご機嫌取りくらいするであろう。
悠斗はそう白井に言った。
怪訝な表情の恭介と、不愛想な悠斗に向かって侑太は告げる。
「そうだ、ちょっと用件あるんで、あとで生徒会室に来たまえ、庶民の子弟」
立ち上がった恭介に、すれ違い様、侑太は囁く。
「前に香弥子が言ってたこと思い出した。
ちょっと、ヤベえ」




