【第四部】 追跡 四章 意識の狭間 11
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――見たものは、ここまでだ
闇の中の蒼い灯。
岩崎江一の顔は、その灯りの中で揺らいでいるが、表情は乏しい。
――己の肉体を乗っ取られたままでは、彼岸へ渡ることもできない
そのまま幾年、ただ年月が過ぎた。
一部でもいい。体を取り戻したかった。
ほんの一部でもあれば、あちらの世界に行ける
凪もそれを知っていたのだろう。
我が霊魂を此の世にとどめるため、俺の肋骨を隠し続けた。
それが
奴の
凪の俺への、復讐だったのだ
「江一さん。あなたの無念、どうしたら晴れますか」
――こうして思い出すと、俺の死にざまも自業自得
今更過去には戻れまい
俺は
藤影創介に
なりたかった
なれない自分を
認めたくなかった
無念は俺の馬鹿さ加減
未練は……
束の間の、江一の柔らかな記憶が、恭介に流れてきた。
亜由美が、恭介を無事出産した何日か後
ガラス越しに赤子を見つめる江一は笑っていた。
それは、くもりなき、笑顔だった。
おそらくは、彼の死の直前だ。
――俺の未練は、
賢そうな甥の行く末を、見届けられなかった
それだけだ
江一の目の、熾火のような色が薄くなる。
――だが、もういい
もう、いいんだ
「凪は、あなたの肉体に乗り移って、今どこに?」
――気をつけろ。奴の狙いは、
奴の真の狙いは……
消えていく江一の姿。
手を伸ばそうとして、恭介は止めた。
これで彼が、彼岸へと向かうのなら
無念も未練も、忘れて旅立てるなら
それだけで良いと思ったのである。
ただ一つ気になったのは、江一が去り際に残した科白。
『奴の真の狙い
それは、この国だ』
恭介が目を開けると、悠斗の顔が見えた。
ソファーから、心配そうな顔つきで、覗いていた。
「悠斗」
「何?」
「コーヒー飲みたい」
あーはいはい、と言いながら、悠斗は湯を沸かし始めた。
「まったく、手間がかかってワガママだ」
悠斗のつぶやきを聞きながら
恭介は窓を開け、黎明の空を眺めた。
やがて朝日が昇り、人々が動き始める。
この国を
どうするつもりだ
凪
いや
仙波!
江一の現世での記憶の最後に、凪が魂を移したあとの、男の顔が残っていた。
見覚えのある顔だった。
やはり、と恭介は思った。
前々から、そうではないかと疑っていた。
だが、恭介の知る仙波は、完全に男性の肉体を保持していたため、まさかという気持ちが強かったのだ。
狙いは俺や父だけでは、ないというのか。
厄介だ。
とはいえ
簡単に人の命を奪うような奴を、はそのままにしてはおけない。
早朝のコーヒーは、胃に熱を運んだ。




