【第四部】 追跡 四章 意識の狭間 10
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恭介が江一の意識をトレースしながら、浮かぶ画面は切り替わっていく。
結婚式の風景だ。
藤影創介と、岩崎亜由美が並んでいた。
輝くような笑顔の母。
珍しく、笑みを浮かべている父。
父の手首には、まだ真珠色のブレスレットが巻かれている。
二人の姿を、遠くから見つめている人がいた。
長身細身の体型だが、中性的な表情。
ああ
きっと、この人が
凪だ。
凪の横顔に、風を受けた髪が、一瞬まとわりついて、離れた。
そして
次の場面からは、見なければ良かったと思うような展開。
「責任を持って」見ていたはずの恭介が、後悔する真実。
何処かの居酒屋で、凪は誰かと飲んでいる。
男と一緒に、カウンター席に座っていた。
凪のグラスに沈殿する、青い液体。
連れがしのばせた、ドラッグがアルコールに溶けていた。
場末のホテル。
気が付いた凪は、絶叫した。
半裸状態の凪に、のしかかる男の姿。
男の声が聞こえる。
「男の体を十分堪能してないから、女なんかに走るんだ」
俺が教えてやると、下卑た笑いを浮かべる男。
凪の目に、炎の色が浮かぶ。
炎はそのまま、凍り付いていく。
諦めたように、男の腰に腕を回す。
「なんだ、お前、処女じゃないのか」
コトが終わって満足そうな男を、刃のような視線で見つめる凪。
「お前は、してはいけないことをした。
言ってはいけないことを言った
報いは
受けてもらう」
何を言っていると、訝しがる男。
「今、お前の粘膜に、寄生虫の卵を植え付けた
すぐには孵化しない
だが
孵化した時には、虫は真っすぐ、お前の心臓に貼りつき
壁を食い破る」
何を
馬鹿な!
男の焦る声。
見下すように笑う凪。
「嘘と思うか?
では見るがいい」
凪は己の橈骨を深く噛む。
歯は動脈を傷つけ、勢いよく血が飛ぶ。
その真っ赤な液体に混ざって、ぼたぼた落ちる白い紐。
血だまりの中でも、蠕動する、紐状の白い虫たち。
「よく見ろ
これが、私の体に巣食うものたちだ
お前、だいぶよがっていたようだが、
お前の口や陰茎内に、こいつら、びっしり入り込んでいるぞ」
男は思わず嘔吐した。
かまわず凪は続けた。
「まあいい。粘膜から入り込んだものは、三日もたたず、死ぬだろう。
だが
心臓に向かう虫は、特別な除虫剤がないと、排除は不可能だ。
その薬、欲しければやるぞ」
胃液と涙にまみれた男が顔を上げる。
「その代わり、私の仕事を手伝ってもらおう。
それが
壬生家当主を凌辱した、報いだ」
「な、何をすればいい」
「うつしたま」
更に場面は移る。
山の中の景色。
白いビニールが敷かれたベッドの上。
男は全裸で拘束されていた。
「まずは礼を言っておこう。
おかげで生き直す意味がみつかったよ。
それに、魂を移す肉体も提供してくれた」
男の胸は盛り上がっており、皮膚の上からでも、心拍が伺える。
「ああ、そうだ。
『うつしたま』とは、文字通り魂を別の肉体に移し替えることだ。
反魂の術の応用なのだが。
大昔、エジプトで、不老不死を求めたファラオが、実行したというが、
生憎文献に残っていない。
口伝で当家当主のみ、受け継いできたのだが、実行に移すのは、
多分私が最初で最後だ。
これでようやく、肉体も男性になれる。
ありがとう。岩崎江一」
既にその男、江一の胸には、心臓が紫色に浮き出ている。
鼓動は急速に早くなる。
ばきん
音と共に、江一の口端から血液が噴出す。
肋骨は一部破損しながら、胸部を突き破る。
「虫が一斉に孵化したようだね。
肋骨は何本か、使えないか、まあいい。
意識はまだあるのだろう、岩崎。
君の心臓を修復したら、次は私の魂を‥‥
ああ、もう聞こえてないか」




