【第四部】 追跡 四章 意識の狭間 9
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布留の言を唱えながら、十種神宝を振ると、強力な呪力を起こすことが出来、死者をも生き返らせることが可能になると、「先代旧事本紀」に記されている。
恭介は、十種神宝に模した鏡や剣、地底から持ち帰った石と、それを散りばめた布、更に房総の海で得た玉などを、身の周りに配置した。
ふるべゆら ふるべゆら……
唱えながら恭介は、岩崎江一に呼びかける。
俺の血筋に繫がる、岩崎江一さん。
あなたの無念
あなたの未練
どうか俺に、教えてください
いつしか恭介の部屋には、射干玉の闇に覆われた。
闇の中に浮かぶ、青白い燐光。
恭介の体にのしかかる、重たく冷たい空気。
――骨の礼をさせてもらおう、我が甥よ。ただし……
軽く目を閉じた恭介に響く、湿った声。
根底に流れる冷たい調べ。
――これからお前が見ることは、お前がすべての責任を持て
横たわっている恭介は、強い眩暈に襲われる。
体がどんどん、床にめり込み、落ちて行く。
それは豪州の海に落ちた時、あの時の感覚によく似ていた。
いきなり、恭介の瞼の裏に、映像が流れてくる。
何処かの埠頭。
波の音が聞こえる。
街灯が、じりじり音を発しながら、点いたり消えたりしている。
人影が見える。
二人の男。
男同士が喋っている。
「だいたい、この辺りなんですよ、江戸城の排水が流れ込んでいる場所は」
「標本、取れそうか?」
長い髪を縛った若い男と、それより年配の男二人。
どちらも、恭介には見覚えがあった。
父だ…
若い男性は間違いなく、恭介の父、創介である。
そして、年配の男は、
畑野健次郎か。
二人が海水に向かって、何かの作業をしていると、悲鳴が聞こえて来た。
埠頭に並ぶ、倉庫からだ。
二人の男は走りだし、声の発生場所に至る。
一つだけ灯がついた倉庫の中に、複数の男たちと一人の少女がいた。
ボロボロの姿の少女は、二人に助けてと叫ぶ。
迷うことなく、創介と健次郎は、少女を取り囲んでいた男たちに向かった。
それは、アクション映画のワンシーンのようであった。
創介は少女にナイフを突きつけていた、一人の男の顔面を躊躇なく殴る。
創介の手首には、白い立方体が連なる、ブレスレットが揺れていた。
少女は目を大きく開いて、創介の姿を捉えている。
その瞳に、白いブレスレットが映っていた。
母さん!
その少女こそ
恭介の母、亜由美の少女時代の姿だった。
しかし
恭介が見ているシーンは、岩崎江一の記憶の残像。
この現場を、彼は見ていたというのか。
――そうだ、見ていたのだ、俺は。最初から最後まで
聴覚に低く響く、江一の声。
――なぜなら、俺が売ったのだ!
亜由美を。妹を! 己の、借金のカタに!
江一の眼差しは、獰猛な爬虫類のように光る。
――それが、あいつらのせいで、おじゃんにされた!
江一はキリキリと歯を鳴らす。
――俺の恨み
藤影創介への憎しみは
この夜から始まった!




