【第四部】 追跡 四章 意識の狭間 7
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ファミレスを出たあとで、恭介は悠斗とデパートに向かった。
亡者と意識をシンクロさせるために、必要な買い物をする予定である。
白井は、これから綿貫と会うらしい。
「何買うの?」
悠斗に聞かれ、恭介は答えた。
「香水」
デパートの化粧品売り場で、男子が二人で並ぶのも、何となく違和感があるため、悠斗は店内の書店に行った。
化粧品売り場のアドバイザーに、恭介は『蘭の香りのする香水』が欲しいと伝える。
「高校生さん? 彼女さんへのプレゼントかしら」
まさか、霊を呼び出すための物品です、とも言えず、恭介は俯いた。
アドバイザーの女性は微笑みながら、いくつかの香水を選んでくれた。
選んでもらった香水の中で、恭介は一番小さな瓶に目がいった。
その品名、『世刻』
「あら、お目が高いこと」
昨年、国際大会で、香り部門の特別賞を取った蘭から抽出した、かなり貴重なものだという。
「一度、絶滅したと言われる蘭の品種ですって。根だけは残っていたそうで、何年もかかって栽培に成功したみたいですよ」
「その蘭て、もしかして、セッコク島の…」
「良くご存じね。たしか現生していた元々の島の名をつけた香水だそうです。よみかたは『よとき』」
恭介は『世刻』という香水を購入した。他のものより、値段はかなり高かった。
アドバイザーの女性は恭介の耳元で、
「この香水、『夜伽』にも有効だから、この名前にしたそうよ」
などど囁いて、恭介をドギマギさせた。
エレベーターで書店まで行くと、新刊コーナーで悠斗が難しい顔をしていた。
恭介に気付くと、悠斗は「これ」と指さした。
絵本の新刊コーナーに、真黒な表紙と赤い文字。
その題名は
「魔王の呪い歌」
作者は、伊佐七未。
「キョウ、これって」
「ああ、天使と魔女の絵本に対抗して、出した本だろうな」
「しかもCD付にしてあるぞ」
やられた、と恭介は思う。
出来れば、天使と魔女の絵本にもCDを付けたかったが、予算の関係で見送ったのだ。
しかし
わざわざこんな絵本を出してくるということは、こちらの作戦は有効であったのだろう。魔王なんたらの絵本対策はあとで考えよう。
「あまり気にしなくても良いんじゃないか。それより…悠斗」
「なんだ」
「今夜、ウチに泊まれるか?」
「いいけど、まさか、またへんな『実験』とか言わないよな」
悠斗には、秩父で恭介が、自ら薬物を摂った時の記憶が鮮明に残っている。
「え? うーん、ちょっと違うと思う」
その晩。
恭介は床に、悠斗はソファーで横になる。
死んだ人を蘇らせるという「反魂」について、恭介は悠斗に話をした。
西行が「反魂」に失敗したのは、お香がなかったからと、ものの本には書いてあった。
ならば、人の魂を呼び出すには、何か香りが必要なのだろうと、恭介は香水を用意したのだと。
蘭の香りの『世刻』を一回だけ恭介の手首にプッシュした。
甘く、どこか懐かしい香りが部屋に広がる。
どこかで嗅いだことのある匂い。
何時だろう…
「良い香りだな」
悠斗に言われ、ふと恭介は聞いてみる。
「この香水、夜の営みにも有効って、さっき販売員のお姉さんが言ってたけど、香りってそんなもんなの?」
悠斗はぺちんと恭介の額を叩く。
「そういうこと、いちいち俺に聞くな」
時計の針は深夜を目指す。




