【第四部】 追跡 四章 意識の狭間 1
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風の色は、秋の深まりを教える。
日暮れも早足になる。
恭介は、学術論文を閲覧できるサイトで、いくつかの論文を読み進めていた。
戯れに「藤影創介」の名で検索すると、恭介が生まれるだいぶ前に、発表されていた論文をいくつか見つけた。
RNA依存性、レプリカーゼ、鋳型活性…
高校レベルの生物知識では、難解な内容であったため、恭介は読むことを止めた。
今日知りたいのは、別の分野だ。
恭介が検索しているキーワードは
「反魂」
反魂とは、死者を蘇らせる方法であるが、なぜ今、恭介が知りたがっているのか。
話は少々遡る。
侑太から悠斗が預かった紙片に書かれていたのは、貸金庫の暗証番号だった。
ただし、カードと鍵が別途必要なため、悠斗は再度、侑太の病室へ赴いた。
驚いたことに、侑太の父、藤影陽介も同じ病室にいた。
侑太はベッドに上体を起こしており、晴れやかな顔で悠斗を迎えた。
陽介は悠斗に挨拶を返すと、「リハビリだ」と言って、杖をつきながら病室を出た。
「俺、もうすぐ退院できるってよ」
「そっか」
悠斗はまだ、素直に良かったな、とは言えない。
貸金庫に用事があるなら、退院したら自分で行けと伝えた。
すると侑太は、悠斗を椅子に座らせた。
「そうなんだけど、俺行きたくないの。金庫はかや、母さんのだし。とんでもないものが出てきそうでさ」
とんでもないものが出て来るなら、尚更、恭介を行かせるわけには行かない。
「はは、お前やっぱり、恭介には甘いよな」
侑太は乾いた笑い声をあげた。
「でも、多分だけど、恭介には必要なもんだと俺、思うぞ」
訝しそうな表情の悠斗に、侑太は、陽介から聞かされた、自分の出生にまつわる話を始めた。
「父さんは、母さんを眠らせて、卵子を取り出し、自分の手で、自分の精子をその中に入れて、俺を誕生させてってさ。別に大した話じゃないが…」
侑太は悠斗に、タバコ持ってないかと聞く。
「院内は禁煙じゃないのか」
すると、特別室だから構わないと、いかにも侑太らしく嘯いた。
「その話も聞いた時、気分がイイわけじゃなかったが、俺がショックだったのは、父さんは、母さんの浮気、全部知ってたってこと」
確かに、侑太の母は一部の保護者から、いろいろ噂されていたのは悠斗も知っていた。
――担任の先生と、ホテル街に消えていった
――生徒の父親と陰で抱き合っていた
「一部はホント。でも、一番長く続いていたのは、仙波だよ」
今更何を聞かされても、悠斗は動じなかった。
ただ、やはり侑太の処には、自分だけが来て良かった。
恭介には、とても聞かせられない話だ。
「母さんが、わざわざ金庫に入れてあるのは、おそらく仙波に関する何かだ。酔っぱらった時に言ってたよ。『あれがある限り、仙波はあたしに逆らえない』ってね」
数日後、恭介は、件の貸金庫に行き、中身を取り出した。
紫色の巾着袋が鎮座していた。
それを手に取った瞬間、恭介の全身の毛穴は逆立った。
中身は、数本の人骨だった。
慌てて恭介は柏内に連絡を取る。
柏内は電話の向こうで少し考えながら、
「人骨は何かの依り代でしょう」
そのあと、数秒沈黙し、こうも言った。
「反魂の法、ご存じでしょうか」




